表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/6

オープニング

(暗転したスタジオ。静寂の中、和太鼓の重低音が響き始める。徐々にオーケストラの弦楽器が加わり、壮大なテーマ曲へと展開。スポットライトが中央を照らすと、そこには紺色のブレザーに白いプリーツスカート、首元に赤いホイッスルをアクセサリーとして着けた20代の女性が立っている)


あすか:「時は流れ、人は変わる。しかし、変わらぬものもある。人が人を育てたいという、その思い」


(クロノスと呼ばれる透明なタブレットを手に取り、軽く撫でる。すると、スタジオ全体が薄明かりに包まれる。コの字型に配置された重厚な木製テーブルが浮かび上がる。壁面には古い体育館の白黒写真と、最新のスポーツ科学のホログラムデータが交互に投影されている)


あすか:「みなさま、こんばんは!『歴史バトルロワイヤル』の時間がやってまいりました。私、物語の声を聞く案内人、あすかがお送りします」


(クロノスを操作すると、背景の巨大スクリーンに番組ロゴが浮かび上がる)


あすか:「今夜のテーマは...こちら!」


(画面に大きく「スポーツと体罰」の文字が、まるで筆で書かれたように現れる)


あすか:「『スポーツと体罰』。令和の今、2025年においても、なお議論が絶えないこのテーマ。先日も、ある高校の野球部で監督が選手に暴力を振るったというニュースが話題になりました。『それは指導だ』『いや暴力だ』...SNSは炎上、意見は真っ二つ」


(クロノスを操作すると、SNSのコメントが空中に浮かび上がる)


あすか:「『昔はそれが当たり前だった』『時代遅れだ』『愛のムチという言葉もある』『暴力は暴力でしかない』...どちらが正しいのでしょうか?いえ、そもそも正解など存在するのでしょうか?」


(コメントが消え、あすかは観客席の方を向く)


あすか:「そこで今夜は、時代も国も文化も異なる4人の巨人をお招きしました。果たして、鉄拳制裁は愛なのか暴力なのか?科学は伝統を否定できるのか?厳しさと優しさの境界線はどこにあるのか?」


(クロノスを高く掲げる)


あすか:「それでは、時空を超えた対談者の皆さまをお呼びしましょう!まず一人目は...」


(スタジオの左側に青白い光が集まり始め、スターゲートが形成される)


あすか:「大正から昭和にかけて、日本ボート界に君臨した伝説の指導者!選手を隅田川に叩き込み、オールで殴打し、それでもなお慕われた男!『鬼鉄』の異名を持つ、石田鉄雄さん!」


(スターゲートから和服姿の初老の男性が現れる。顔には深い皺が刻まれ、眼光は鋭い。背筋をピンと伸ばし、威圧感を放ちながらゆっくりと歩を進める)


石田:「ふん、なんじゃこの妙な場所は。まるで西洋かぶれの芝居小屋じゃな」


あすか:「石田さん、ようこそ2025年へ!」


石田:「2025年じゃと?ワシが死んでから60年以上経っとるのか...ほう、それにしては日本はまだ形を保っておるようじゃな」


(石田は辺りを見回し、壁に投影された最新のボート競技の映像に目を止める)


石田:「これは...今のボートか?なんじゃこの軟弱そうな漕ぎ方は!腰が入っとらん!」


あすか:「あはは、石田さん、お座りください。これから素敵な仲間たちが集まりますから」


石田:「仲間?ワシに説教でもしようという輩か?」


(石田は疑い深そうにしながらも、指定された席に腰を下ろす)


あすか:「続いて二人目!」


(今度はオレンジ色の光がスタジオ右側に集まる)


あすか:「1970年代、サッカー界に革命を起こした男!『トータルフットボール』の体現者にして、頭脳で勝利を掴んだオランダの至宝!美しきサッカーの伝道師、ヨハン・クライフさん!」


(スターゲートから、細身でスタイリッシュな男性が登場。片手にはタバコを持ち、もう片方の手はポケットに。余裕のある足取りで入場する)


クライフ:「Beautiful...でも少し堅苦しいね、このスタジオ」


(肩をすくめながら、石田の方を見る)


クライフ:「Oh, サムライ?」


石田:「なんじゃ貴様は。チャラチャラした格好しおって」


クライフ:「チャラチャラ?これがオランダのスタイルさ。あなたこそ、なんでそんなに怒ってるの?」


石田:「怒っとらん!これが普通じゃ!」


あすか:「お二人とも、まだ始まってませんから!クライフさん、こちらにどうぞ」


(クライフは石田の向かい側に座る。二人の間に無言の緊張が流れる)


あすか:「さあ、三人目の方をお呼びしましょう!」


(赤い光が中央奥に集結し始める)


あすか:「朝鮮半島から日本へ、そして世界へ!素手で牛を倒したという伝説を持つ男!極真空手の創始者にして、最強の求道者!大山倍達総裁!」


(スターゲートから道着姿の壮年男性が静かに歩み出る。筋骨隆々でありながら、どこか哲学者のような落ち着きを漂わせている)


大山:「押忍」


(深く一礼をして、場の空気を読むように石田とクライフを見る)


大山:「興味深い組み合わせですね」


石田:「おお、大山君か!君なら話が通じそうじゃ。最近の若者は軟弱で困る」


大山:「石田先生、お久しぶりです...いや、初めましてか。時空を超えているので」


クライフ:「Karate?Bruce Lee みたいな?」


大山:「李小龍とは違います。私は空手家です。今はその議論は置いておきましょう」


(大山は石田とクライフの中間地点に座る)


あすか:「バランサーのポジションを選ばれましたね、大山総裁。それでは最後の一人!」


(白い光が最後の位置に集まる)


あすか:「19世紀末から20世紀中頃のアメリカで、教育に革命をもたらした哲学者!民主主義教育の父にして、プラグマティズムの巨人!ジョン・デューイ教授!」


(スターゲートから、眼鏡をかけた老紳士が本を数冊抱えて登場。穏やかな表情で、興味深そうに他の三人を観察している)


デューイ:「Good evening, everyone. なんと fascinating な顔ぶれですね」


石田:「また西洋人か。英語で喋るな、ここは日本じゃ!」


デューイ:「失礼しました。私は日本語も話せます。学者として、言語の壁は越えるべきだと考えていますので」


クライフ:「Professor!やっと理性的な人が来た」


デューイ:「理性的...そうありたいものです。しかし、感情も人間の重要な要素ですよ、Mr.クライフ」


(デューイはクライフの隣、石田の斜向かいに座る)


あすか:「素晴らしい!全員お揃いになりました。皆さん、今日のテーマ『スポーツと体罰』について、まず率直な第一印象をお聞かせください」


石田:「第一印象も何も、当たり前のことじゃ!体罰?何を甘いことを言っとる。あれは教育じゃ!愛情じゃ!最近の若者が根性なしなのは、殴られたことがないからじゃ!」


クライフ:「Wow, wow, wow!ちょっと待って。21世紀...いや、2025年にもなって、まだこんな原始的な議論してるの?Violence is violence。暴力は暴力。Simple」


石田:「原始的じゃと?貴様、ワシを侮辱する気か!」


大山:「まあまあ、石田先生。クライフさんも、少し言葉を選んでください。ただ...」


(大山は少し間を置く)


大山:「稽古と暴力は違う。私はそう考えています。痛みから学ぶこともある。しかし、理不尽な暴力とは一線を画すべきです」


デューイ:「興味深い区別ですね、大山さん。ただ、科学的に申し上げますと...」


(メガネを直し、持参した本を開く)


デューイ:「体罰の教育効果は、既に多くの研究で否定されています。これは感情論ではなく、検証可能な事実です。1950年代の私の研究でも...」


石田:「研究?机上の空論じゃろう!現場を知らん学者が何を偉そうに!」


デューイ:「私も教育の現場にいましたよ、石田さん。シカゴ大学附属実験学校で...」


石田:「大学?そんな頭でっかちの場所と、ワシらの鉄火場を一緒にするな!」


あすか:「皆さん、皆さん!まだオープニングですよ!」


(クロノスを操作して、場を落ち着かせる)


あすか:「ところで石田さん、『愛情』とおっしゃいましたが、具体的にはどういうことでしょう?」


石田:「決まっとる!選手を一人前の男にしたいという思いじゃ!社会で通用する、根性のある人間に育てる。それが愛情でなくて何じゃ!」


クライフ:「でも、殴る必要はないでしょう?」


石田:「甘い!甘すぎる!人間、痛い目に遭わんと本気にならん!」


大山:「石田先生の時代背景も考慮すべきかもしれません。大正から昭和初期の日本は...」


石田:「そうじゃ!富国強兵!天皇陛下の御為に、強い日本男児を育てる!それの何が悪い!」


デューイ:「そこです、まさにそこが問題の核心です」


(デューイが身を乗り出す)


デューイ:「国家主義と体罰は密接に関連しています。個人の尊厳より集団を優先する思想が、暴力を正当化するのです」


石田:「個人?そんな西洋の個人主義が日本をダメにした!」


クライフ:「Individual creativity、個人の創造性こそがチームを強くするんだ」


石田:「創造性?ボートに創造性など要らん!全員が一糸乱れず漕ぐ!それだけじゃ!」


大山:「しかし石田先生、個性を殺しては真の強さは...」


石田:「大山君、君まで西洋かぶれか?」


大山:「いえ、私は朝鮮から来ました。日本の軍国主義には...複雑な思いがあります」


(一瞬、場が静まる)


あすか:「大山総裁、よろしければ詳しく...」


大山:「私は植民地時代の朝鮮で生まれ、日本に来ました。差別も受けた。日本の軍国主義的な教育も受けた。しかし...」


(拳を握る)


大山:「武道の厳しさ自体は否定しません。それは国家主義とは別の、己を高める道だからです」


クライフ:「でも結局、violence を使うんでしょう?」


大山:「使いません。稽古で痛みを伴うことはある。しかし、それは暴力ではない」


デューイ:「その違いを、もう少し具体的に説明していただけますか?」


大山:「例えば、100人組手という修行があります」


石田:「おお、聞いたことがある!100人と連続で戦うという...」


大山:「はい。これは確かに過酷です。しかし、これは強制ではない。挑戦したい者だけが挑む」


クライフ:「Crazy...でも、それでも暴力的じゃない?」


大山:「ルールがあります。審判がいます。医師も待機しています。そして何より、いつでも棄権できる」


石田:「棄権?そんな軟弱な!」


大山:「いえ、棄権する勇気も必要です。己の限界を知ることも、強さの一部です」


あすか:「なるほど...でも石田さんの時代には、棄権なんて...」


石田:「許さん!絶対に許さん!這ってでも最後まで漕げ!それがワシの教えじゃ!」


(石田が机を叩く)


クライフ:「See?これが問題なんだ。No choice、選択肢がない」


デューイ:「選択の自由こそ、民主主義教育の根幹です」


石田:「民主主義?そんなもので強い選手が育つか!」


あすか:「では、実際に見てみましょうか」


(クロノスを操作すると、現代のスポーツ映像が流れる)


あすか:「これは2024年のパリオリンピック。日本は過去最多のメダルを獲得しました。そして興味深いことに...」


(データが表示される)


あすか:「メダリストの8割以上が『指導者から体罰を受けたことがない』と回答しています」


石田:「なんじゃと?それは嘘じゃ!」


デューイ:「データは嘘をつきません」


クライフ:「時代は変わったんだよ、Mr.石田」


石田:「変わった?何が変わった!人間の本質は変わらん!」


大山:「確かに本質は変わらないかもしれません。しかし、方法は進化します」


あすか:「その進化について、これから じっくりと議論していただきます。視聴者の皆さん、心の準備はよろしいですか?」


(カメラに向かって)


あすか:「鉄拳制裁は愛なのか暴力なのか。伝統は守るべきか、打破すべきか。そして、本当の強さとは何なのか」


石田:「ワシが教えてやる!」


クライフ:「Old school は通用しない」


大山:「真実は、その中間にあるかもしれません」


デューイ:「科学的に検証しましょう」


あすか:「それでは、『歴史バトルロワイヤル』、第1ラウンド『体罰は効果があるのか?』始めます!」


(照明が変わり、本格的な議論の場へと転換していく。4人の視線が交錯し、静かな火花が散る)


石田:「さあ、かかってこい!ワシの50年の経験が、机上の空論など粉砕してやる!」


クライフ:「Experience without intelligence is just repetition of mistakes(知恵のない経験は、ただの誤りの繰り返しに過ぎない。)」


大山:「言葉ではなく、本質を見極めましょう」


デューイ:「賛成です。感情ではなく、事実に基づいて」


あすか:「はい!バトル、スタート!」


(ゴングの音が響き、本格的な議論が始まる)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ