第8号 朝日七花
ステップ14 先生と
真司くん入団試合ー
弥生の登場から、みなの視線は弥生に釘付けだった。
圧倒的なピッチング。
鋭いバッティング。
弥生は九条を三振にしてから全て三振でアウトを取っていた。
(よく、ここまでがんばってくれたよ)
朝日は少しホッとしていた。
体の使い方も問題ない。
練習はしていただろうに、投手でプレイしている情報は入って来なかった。
「高杉くんがダメだったら、次わたしでいいですか?」と、言われた時は驚いた。
「ことの、あなた‥」
頷く弥生。
弥生の体をみてもわかる。
キャッチボールをみてもわかる。
体をつくるということは、地味な作業でもある。
練習もしかり。
朝日が練習試合を多くメニューに取り込む要因の一つも、それに起因している。
試合に勝るものはない。
だけど、基本は大事でもある。
朝日の言葉を信じ実行した弥生の心の強さ‥
練習、練習、基礎、基礎、体作り、体作り‥と繰り返していて楽しいものではない。
朝日もそれはわかっている。
それでも、必要な時があるのだ。
弥生の場合、それを毎日続けていたことになる。
マウンドから降りてくる弥生は、空を見上げた。
(先生に少しは近づけたかなぁ‥)
まるで、弥生を祝福するかのように、青空に一筋の飛行機雲が伸びていた。
結局、真司くん入団試合は、弥生と真司くんの後を引き継いだ九条の2人の投げ合いで幕を閉じた。
結果は1-0で、真司くんたちのBチームの勝利となった。
5回制の練習試合。
後半は野球の醍醐味が凝縮されたものとなった。
試合が終わり、しばらくしてから、また朝日の元にみな集まった。
「今日も、みなさん!おつかれさまでした!」朝日が頭を下げる。
みんなも「おつかれさまでした!」といいながら頭を下げる。
パン!っと、両手を合わす音がすると、みな朝日の方を見るため顔を上げる。
「はい!まず、本題に入る前に‥さっきの入団試合で、どこか違和感や変なところがあるって人はいますかー?」
朝日の言葉を聞き、それぞれ体を確認しだす。
みな、それぞれ大丈夫だと言い出す。
「ストレッチはしてるだろうから、最低限のケアはできているだろうけど、最後はわたしがみるからね!」
『はい!!!』
みんなの返事が響きわたる。
「先生、おつかれさまでした!」と、挨拶して一人一人帰る時に、朝日はチェックする。
真司くんは、軽い筋肉痛。
その真司くんを含め投手組は、みなアイシングをしている。
「あら?ちか、おつかれかしら?」と言われた千香子は、確かに疲れているようだ。
九条の球を受けてたのだ、当たり前といえるだろう。
「心も体も疲れましたー」そう言って帰る千香子は、試合そのものは楽しかったようだ。
他の選手も、怪我もなく、試合での疲労のみだとわかった。
その中で、数名は真っ直ぐ帰らない。
朝日に色々聞いたり、アドバイスを求めたりするからだ。
その時は、その数名全てと一緒に話し合いをする。
もちろん、個人的な話がある場合は別だが、基本は、みんなで‥だ。
これは、自分だけでなく人に対しても、どう考え思い行動するか‥そんな事にも気付いてほしい朝日の願いの一つでもある。
こういう時間も朝日は大切にしており、ただ野球の練習を何時間もやればいいとは思っていない。
選手との距離は近いが、選手から尊敬されている‥それが朝日だ。
そんな朝日は、今の監督、コーチの在り方に疑問を持つひとりでもある。
教えるのか?
導くのか?否、ただ押さえつけているだけではないかと‥
わざわざ型をつくり、その型に無理矢理ハメようとしているかのようにも見えた。
だから、朝日は子供たちに教えることを躊躇した。
自分も、そうならないだろうか?
楽しくやりたい‥
そんな時に言われた「七花なら大丈夫だよ!保証するよ!」は、朝日の心の支えとなっている。
先生と呼ばれたくないが、呼ばれてしまう朝日。
呼び方はどうであれ、先生と選手たちは固い絆で結ばれている‥。
ステップ15 朝日七花
朝日七花30歳
今だに野球を教えているが、見守る立場としてグラウンドにいる。
今の彼女が、26歳くらいの自分をみたらどう思うだろうか‥。
反省することばかりかもしれない、それでも、悔いが残るとか、あるとかいいたくはない。
あの時は、あの時で全力でサポートしていたからだ。
七花が小学生の時に活躍していた時に、七花の幼なじみで親友でライバルでもある男の子も、今やメジャーリーグで活躍している。
七花の背中があったからこそかもしれない。
本当に七花は、他の子たちよりずば抜けていた。
しかし、女子の野球に悲しいかな未来はない‥
もちろん、七花も未来がないから辞めたわけではない。
プロ野球やメジャーの可能性もあったかもしれない。
そんな可能性よりも、自分の力を最大限発揮できるべき場所を見つけたというべきだろう。
七花は、才能があればいいとは思っていない。
もし、才能があるなら、活かせなければ意味がないと思っている。
七花の活かすとは、安定して活躍できるか‥だ。
これは、どんな人でも難しい。
毎日毎日、同じコンディションの人はいないからだ。
いかに安定して‥が、難しいことか分かるだろう。
では、才能は必要なのか?という疑問にぶち当たる。
「才能?そうね、アレば楽だけど、わたしは努力、レベルアップの方が大事だと思うかな?」そう七花は話したこと(26歳の時)がある。
それを聞いたのは、一番弟子の、門倉まどかだ。
「でも、わたし、努力しても報われない人‥たくさんみてきました」と門倉は切り返す。
七花はニコリと微笑む。
「努力したのに報われないか‥」
「はい、そうです。このわたしにすら勝てない、追いつけませんでしたよ」
門倉ははっきり言う。
「まどかちゃんは、本当にそう思ってる?」
聞かれたまどかは困った。
(この人かわいすぎます‼︎)
「わ、わたしは、全てが無駄だとは思ってません。でも、才には勝てないと思うんです」少し照れたままこたえるまどか。
「そうだね‥確かに才には勝てない‥というよりは、劣ってしまうかもしれないね」
「ですよね!」まどかが七花のそばに近づく。
「あ、すみません!」近づいて謝るまどか。
首を横に振る七花。
「まどかちゃん、劣るだけなんだよ」
「え?」
「いい?まどかちゃん。才能のある人に追いついたり追い抜こうとかしなくていいんだよ?」
「それって?‥」
「ふふっ、野球ってひとりでやるスポーツ?まどかちゃん」
「み、みんなでやるスポーツです」
「そう、そうなのよ。チームスポーツなのよ?ジグソーパズルに同じ形ないでしょ?色んな形のピースをはめて行って一つの絵が完成する。それぞれの役割がちゃんとあるのよ?一つでも欠けたら完成しない‥わたしは、野球もそうだと思うし、そうしたいんだよね」
まどかは思った。
(なんて人だ‥ピース、絵?野球でそれをやるのは並大抵のことじゃないじゃん!)
才能というピースだけで構成されたジグソーパズルは、全部同じ形か、ピースがめちゃくちゃ少ないジグソーパズルとも言える。
七花の言葉の奥には、楽しんでたやりたい‥という思いがあることが、まどかでもわかった。
「七花さん!」
「ん?」
「わたしに、ほんとーの野球の楽しさを教えてください!」
頭を下げるまどか。
辺りにはセミの声が響く、真っ青に晴れたいい天気の日の出来事だった。
朝日七花は、この時はじめて自分の意思を後継させることの大切さも感じていた。