第5号 朝日とのはじまり5
ステップ9 先生とおのちゃん
間多理団の4番といえば、小野昭一こと小野ちゃんだ!
普段はおっとりしていて、やさしい男の子。
言葉遣いも丁寧で、自分のことを‥わたし‥という。
しかし、野球になると小野ちゃんは一変する。
体も大きく太っているのもあり、見た目も性格も丸い小野ちゃんは、みんなのマスコットみたいだ。
そんな小野ちゃん。
体が柔らかく、バッティングもしなやかだ。
走るのはあんまり好きではない。
守備はファースト。
そして4番に座る。
座るといっても、4番が多いだけで、間多理団は、朝日の采配によってその日の打順が決まる。
その中で4番が多いということは、小野ちゃんには‥
真司くん入団試合‥
試合前、朝日に呼ばれる小野ちゃん。
「小野ちゃん、試合前にごめんね」と朝日に言われた小野ちゃんは、少し下を向いて頬を染める。
「わたしなら大丈夫です、先生」といい朝日の顔をみる。
小野ちゃんは、瞳が少しウルウルしている。
朝日に話しかけられてうれしいのだ。
「小野ちゃん、一回に小野ちゃんまで打順が回ってくると思うの。そこで、最初は見逃して、後は全部振ってほしいの。お願いできるかな?」
朝日のお願いする顔をみて、小野ちゃんは頷く。
「ありがと!小野ちゃん!」
ある日の練習試合‥
間多理団内で練習試合をやろうとしたのだが、この時は人数が足りなかった。
たまたま、陵の友達の小野ちゃんが見に来ていた。
「先生、小野ちゃん、ソフトやってましたよ」と陵が先生にアピール。
「わたし?下手ですし試合なんて無理ですよー」と小野ちゃんは大きい体を陵の後ろに行き隠そうとする。
「ちょっと、わたしと練習しようか!」
そういい小野ちゃんを連れて行く朝日。
朝日は練習して驚いた。
「はーい!みんな練習試合するわよー!」
みんな朝日の前に集まる。
「まず、今日の練習試合は、人数が足りないため、小野ちゃんを入れてやります!」
『はい!!』みんなの声が揃う。
その中、陵だけは心配していた。
陵と小野ちゃんは同じチーム。
しかも小野ちゃんは打順が2番で、陵が1番だった。
陵が朝日に呼ばれる。
「リョウくん、できれば出塁してほしいの‥よろしくね!」と、ウィンクされ笑顔を振りまかれる。
「はい」と返事をしながら陵は、ヘルメットを深くがぶり顔を隠す。
顔が赤くなったのとは反対に、野球への判断は冷静だった。
「そういうことか‥」
陵は四球を選び出塁。
小野ちゃんの打席だ。
千香子が先生の隣にくる。
「七花さん、もしかして‥小野ちゃんって、やわらかいですよね?」
「さすがちかね!」
「練習みてましたから‥」
「小野ちゃんは、あの体でも、バッティングに関しては体が柔らかいし懐が深いし、バットコントロールもいいのよね」朝日はニコニコしている。
「そしてなにより、一発も打てる‥ですね?」と、千香子が捕捉するかのように続ける。
「そう!だから2番にしてみたのよ!」
朝日は楽しそうだ。
当の小野ちゃんは、ソフトボールと違うことに戸惑いながらも、楽しんでいた。
「小野ちゃん楽しそうですね!」そう千香子が言うと‥
「うーん‥いつも楽しそうな顔してない?」といい2人顔を見合わせて笑う。
陵の側にいても、ニコニコしているのが小野ちゃんだ。
キーン!
快音が鳴り響く。
「あっ!」
「おや?」
打球を見守る2人。
「いきましたね」
「はいったねー」
そういいながら、2人は小野ちゃんを見ると‥
打ち終わったままのフォームでフリーズしていた。
「本人がイチバン驚いているみたいですね!」
「まあ、自分でもわかってないだろうからね」
我にかえり、ベースを周り出す小野ちゃん。
「柔らかいってことは、対応力があるだけではないんだよね。力の使い方も上手いってことなんだよ」
朝日は、ベースを周る小野ちゃんを見てそう言った。
「さすが七花さんです!」
千香子は改めて朝日の凄さを知った。
(この人は、どんな人でも必ずいいところを見つけ引き出すんだわ)
こうして、普段、陵の友達として活動している小野ちゃんは、間多理団に入ることになる。
「リョウくん!帰り駄菓子屋さん寄ってこうよ!」
練習帰りでも、いつも楽しそうな小野ちゃんがそこにいた。
ステップ10 先生とアオイ
間多理団の三銃士といえば‥
大塚ひまり、関千香子、三郷美沙の3人だ。
しかし、間多理団にはもう1人女子がいる。
布袋葵
彼女は背が高く、小6で180㎝を越えていた。
それゆえに、様々なスポーツで活躍していた。
そんな布袋が、三郷美沙に用事があって会いに行った時に、それは起こった。
「すみません、三郷さんいらっしゃいますか?」と、声をかけた相手は朝日だった。
布袋は、まだこの時朝日の凄さを知らない。
「あら?キレイな女の子!」と、朝日に言われて驚く。
身長も高く、髪も短い。体調管理のためマスクをしている。
(最初から女の子ってわかったのか‥)
「えっと、お名前は?わたしは朝日です」
「あっ、すみません!布袋葵です」
なぜか、フルネームでこたえてしまった。
「ちょっと待っててね!」そういって朝日は消えた。
(あの人、マネージャーさんみたいな人かな?)と布袋は思った。
しばらくして三郷がくる。
「ごめんねー!葵!」
「大丈夫だよ、美沙」
「それで、葵どうしたの?」
「あ、実はちょっと教えて欲しいことがあって‥」
「葵が?めずらしくない?」
「う、うん。あたしが嫌いなやつだからさ‥その‥」
ニヤリとする三郷美沙。
「野球か⁈」
「うん」そういって頷く葵。
布袋葵は、その身長ゆえに、色々過大評価される。
スポーツはできて当たり前が特にそうだ。
葵だって苦手なものはある。
虫が苦手、裁縫が苦手、料理が苦手、だけど周りは色眼鏡で見てしまう。
背が高いから‥かっこいいから、キレイだから‥大丈夫でしょ?できるでしょ?
それでも、葵は体を動かすことと絵を描くことは好きで、率先してやっていた。
そんな葵だが、野球は一応出来るが、本当に好きではない。
それは、小さい頃から、叔父さん(母の弟)に野球を教えられてきたのがある。
好きではないが、できてしまう。
叔父さんは喜ぶ。
また教えてくる。
できる‥の繰り返しだった。
それでも、野球にのめり込まなかった。
そんな葵が、野球を教えてほしいと言っている。
「ちょっと待っててね!監督呼んでくるから」美沙は朝日を呼びに行く。
しばらくしてあらわれた美沙にびっくりした。
(朝日さん?‥って監督?)
「おまたせー!さっき会ってたから知ってるよね!朝日先生、団の監督です!」
顔を真っ赤にしながら、お辞儀をしながら謝る葵。
「先程は、失礼しました!」
「ふふっ、大丈夫よ、顔を上げて‥」
それからは、事の経緯を朝日に話す葵。
朝日は葵をジーッとみる。
(確かに身長はある。少し線が細いけど、今はまだいいわね。右腕、左腕‥うんうん。腰‥、股関節‥右脚は‥左脚は‥なるほどね)
「先生、どうですか?」美沙が心配して聞く。
「そうね、布袋さん」
「は、はい!」葵は驚いてしまった。
あまりにも自分を見られていたので、照れてしまっていた。
「まず、両膝が疲労しているわ。しばらくヘルプは断ってね。それと腰と左肩が気になるわね」
「え?朝日さん、なんでわかるんですか?」
「すごいでしょー!先生」と美沙は自分のことのように自慢している。
「あら?自分でも自覚あるなら、なおさらダメよ」
「はい。気をつけます」そういい葵は内心爆発していた。
(す、すごすぎるー!!)
「あの、左肩はこないだのサッカーでぶつけて‥」
「見てもいいかな?」朝日が歩み寄る。
「は、はい」
葵の方が身長は高い。
なのに、放つ気なのかオーラなのか、葵にはわからなかったが、明らかに朝日が大きく見える。
「どれどれ‥」左肩をサワサワされる葵。
朝日はゆっくりと口を開く。
「安心して、大丈夫よ。ただ、しばらくヘルプはやめましょ‥いい?」
朝日から何か暖かいものが伝わってくる感じがする葵。
葵は頷いて、頬を染めていた。
ヘルプにはしばらく行かないことを条件に、葵は朝日から野球をおそわることになった。
葵はワクワクしていた。
野球というより、朝日から教わることに‥
練習当日‥
葵は驚いた。
ストレッチを入念にやったのもそうだが、野球の練習が始まってワクワクしたのだ。
(なにこれ?!)
葵はゴロとフライのキャッチングの練習をしているのだが、グローブはしていない。
しかも、ゴムボール。
サイズがバスケットボールくらいから始まり、今はカラーボール、野球と変わらないサイズになっている。
「なるほどねー」と、朝日は葵を相手にしながら分析しているようだ。
(右投げってのは間違いなさそうね、しかもリリースを意識している取り方だし)
葵は、朝日にキャッチしてから投げるように言われていた。
キャッチ→右で投げる‥となる。
リリースを意識していれば取り方も考えなければならない。
ただ取るのとは違う。
右利きなら、どのように取り投げるまで繋げるか、左手の動きも重要になる。
慣れてきたところで、朝日がグローブを渡す。
キャッチボールをする。
葵は思った。
(あれ?ボールがよくみえる‥)
キャッチしてすぐ投げる
キャッチしてすぐ投げる
「布袋さん、少し距離を空けるわよ」
「はい!」
やることは変わらないが、力やコントロールはさらに求められる。
(あら?さっきからわたしの顔の左横に返投してる‥なかなかいい子ね)
例えば、顔正面にボールを返すと取りやすいと思うかもしれない。
しかし、成功率は下がる。
なぜなら、ボールの軌道をグローブで遮ってしまうからだ。
これは、近いほど起こる。
(なるべく朝日さんが取りやすいように‥)
葵は、相手のことを思いやることができるということでもある。
守備練習もそつ無くこなす。
バッティングも肩の影響などないかのようにキレイなスイングだった。
朝日が水分補給している葵に近づく。
「布袋さん、試合しましょうか」
え?って顔をしてしまう葵。
「諦めなさい」と、肩をポンポンされる‥美沙だ。
練習試合‥朝日は、キャッチャー以外はすべてのポジションをやらせた。
「なるほどねー‥」朝日は何か感じたようだ。
なんでも、そつ無くこなす。
しかし、そこに喜びも情熱もない。
「ちか!」千香子が呼ばれ、何やら話している。
「いいと思います」
「じゃあ、やってみようか」
みんなを呼び話し出す朝日。
「みなさん、練習試合おつかれさまでした!さて、みなさんにお願いがあります!あと、一試合付き合ってくれますか?」
みんな顔を見合わせる。
それから朝日の方をみてそれぞれOKを出す。
「ありがとね!では次の練習試合に行きたいと思います‥次の練習試合は、満塁ゲームです!」
満塁ゲーム‥朝日の練習試合の一つ。
ワンアウト満塁からスタートする。
5回制のゲーム。
朝日がこのゲームを選んだのには理由がある。
そう葵だ。
その葵はベンチスタートだった。
一回を終えて2-2の同点で迎え2回裏、早くもツーアウト満塁になってしまったBチーム。
代打がコールされる。
代打、布袋葵!
葵は、ゆっくりと打席に向かった。
真司くん入団試合ー
2回の裏、Bチームの攻撃は、6番センター布袋葵からだ。
何度か素振りをして打席に立つ。
(七花先生に頼まれたしな)
葵の目が戦闘モードに入る。
高杉の球が迫り来る。
‥「葵ちゃん、高杉くんの球をどんどん打ってほしいのよ」
「え?七花先生に言われなくても打ちます
「あら、頼もしい!」
「七花先生、高杉くん、まだダメなんですか?」
「ごめんね、葵ちゃんにまで頼んじゃって‥」
「‥ほっんっとーに、バカなんですね‥高杉くん」
「ふふっ、まあ、そこが良いところでもあるけどね」‥
フルスイング!
高杉の球を捉える。
カキーン!!
ホームランか?そんな打球が軌跡を描く。
ファール!
高杉はホッとしている。
ヘルメットを直しながら葵は思った。
(どれだけ自分の球に自信があるのよ)
2球目はレフト方向にファール。
(軽いわねー)
3球目‥
カキーン!
そんな音を残し、打球はセンター方向へ‥
高杉は愕然とした。
「ホームラン?!」
葵は、ゆっくりベースを周る。
(キレもないのよ)
満塁ゲーム‥
葵の打球はあっという間にセンターに吸い込まれた。
ベースを周っている葵は、ドキドキしていた。
(なにこれ?楽しいし、気持ちいい!)
打たれた高杉は、マウンドに膝をついている。
(くそ‥なんで‥)
葵は思った‥(か、軽かったな‥)
こんな緊張するような場面でも、葵は何事もなかったように見える。
ホームベースを踏み、帰還したチームメイトたちの歓喜する姿。
(へぇー、野球も熱いところあるんだなぁ‥)
葵の顔には自然と笑みが溢れていた。