第4号 朝日とのはじまり4
ステップ8 先生と三郷姉弟
三郷姉弟は仲良しだ。
と、いっても弟の陵は、ほとんど無口で口数も少ない。
一方、姉、美沙は普通に喋る子だ。
そして、朝日七花を尊敬し愛してやまない子でもある。
野球は、姉がはじめたから‥ではなく、陵がやっていたのを見て、美沙は始めた。
そんな美沙が、一目惚れしたのが朝日七花だ。
陵は間多理団に入った時、すぐに美沙にメールをした。
ーかっこいい人がいるー
美沙は慌てて練習を見に行く。
その時、陵と朝日が2人で練習していたのを目の当たりにする。
「素敵‥」
迷わず美沙も間多理団に入った。
陵は困惑していた。
近くだから入団した団だったが、朝日がいて、姉までいる。
しかも、その姉は朝日に夢中なのだ。
「先生、なんかすみません」と、小さな声で話す陵。
陵は、朝日にだけは、普通に話すのだ‥とはいえ声は小さいが‥。
「ん?リョウちゃんなんかしたのかな?」といいニコっと笑う朝日。
陵も内心その笑顔にやられているが、表面にはでない。
「お姉ちゃんのことです」というと朝日は何も問題ないような身振りをする。
「わたしが入団許可したんだから、リョウちゃんが色々考えることはないんだよ」と、優しい笑顔をみせてくれる。
陵は思った。
なぜ、お姉ちゃんを受け入れたのか?と‥
真司くん入団試合ー
2回の表
真司くんの相手は、4番の三郷美沙ことミサミサだ。
キャッチャーの千香子は思った。
(ミサミサかぁ‥困ったな)
千香子が困るには、理由がある。
結果的に内野安打で出塁するのだが、美沙相手に球数を消費してしまったのだ。
千香子はインハイを攻める。
真司くんもその通りに投げる。
美沙はタイミングを少しずらされたが、振り抜く!
ファール!
サードの横を球が走り抜ける。
「真司くんの球、重いな‥」そういいグリップを握り直しバッターボックスで構える美沙。
2球目はインローにボール球を千香子は要求。
真司くんの球が、千香子のミットに向かう。
カーン!
ファール!
美沙が打った球は真後ろへ飛ぶ。
3球目、千香子は外角に構えている。
真司くんが投げる‥ボールはインコース真ん中のボール球。
コーン!
ファール!
美沙の打った球はファーストの横を抜けていく。
「ホント重いなぁ‥ちかのリードも、うまいし‥」
グリップを何度か握り直し、素振りをしてからバッターボックスにはいる美沙。
美沙入団試合の時のこと‥
「先生、お姉ちゃんいきなり打たせるんですか?」
陵は驚いていた。
全くの素人、野球経験なしの子だ。
いくら朝日が練習相手したからといって、いきなりの本番は酷なもの。
「大丈夫よ!まぁ、みてればわかるわよ」と朝日はニコリとする。
試合がはじまり、陵はびっくりする。
この時は打順は3番だった。
それもすごいが、美沙の打席が終わらないのだ。
ファール!ファール!ボール!ファール!ファール!‥
「先生、これは?」
陵は朝日にいわれ、一緒に試合をみている。
「美沙ちゃんはね、動体視力と瞬間視力が多分いいんじゃないかな?」
「動体視力‥あっ!」陵には思い当たることがあった。
「それと記憶力もいいわね!」
確かに、美沙は記憶力がいいと陵も納得していた。
「ただ、美沙ちゃんの記憶力は、体感の記憶力がすごいのかな」
陵は、朝日の言っていることがわからなくなってきた。
「でも先生、それでも野球で活躍出来なかったら?」
陵のその言葉に、すぐ陵の方をみる朝日。
「リョウくん、わたしはね、野球で、もし活躍できなくてもいいと思うの」
驚く陵。
「仮にね、美沙ちゃんが活躍出来なかったとします。だけど、間多理団での経験は無意味なものにはならないと思うの」
陵は朝日の言葉を頭ではなく、体で感じていた。
野球以外でも楽しいし、色々学んでいるからだ。
結局、美沙は明らかなボール以外は全て振り、粘り、センター前ヒットで出塁する。
一塁ではしゃぐ美沙。
「先生ー!陵!みたー?みたー?わたし、やったよー!」
朝日はサムズアップする。
「お姉ちゃん、楽しそう」そう言って、陵もサムズアップした。
真司くん入団試合‥
美沙に対する千香子のリードは、インコースが3回続いた。
(真司くん、あなたって人は‥)
千香子が真司くんをみてニヤリとしてしまう。
野球を楽しんでる!
千香子も美沙も感じていた。
野球を楽しんでる気持ちが重い球に乗り千香子のミットに向かっていく。
美沙が驚く。
(これは‥クロスファイア⁈)
ピッチャープレートイチバン右側から投げられたインハイのボール球。
アウトコースだと思っていた美沙の振りが、わずかに遅れる。
キーン!
ファール!!
打球は真後ろへ飛ぶ。
千香子をみる美沙。
美沙の顔に楽しさが現れている。
楽しんでるもの同士のぶつかり合い‥
周りが楽しくないわけがない。
5球目は、プレート右端からアウトハイのボール球をクロスファイアのように投げる真司くん。
千香子は、三振を期待していた。
バスン!!
ボール!!
(振らなかったわね‥まあ、ミサミサじゃ、やっぱり降らないよね‥)
そう思っている千香子も楽しそうだ。
6球目‥
真司くんはプレート左端に立ち、そこから投げる。
(ミサミサが引っかかるとは思えないけど、逆クロスと思ってくれれば‥)
真司くんの投げる球が指先から離れる‥
「アウトコース?!」美沙は一瞬遅れた‥
真司くんの球はアウトロー、千香子のミットに向かっていく。
(やった!振り遅れてる!)千香子は作戦がうまくいったと確信した。
真司くんも、千香子のフェイクリードに惑わされず、指定された場所に投げ込む。
⁈
千香子の視界に軌道を変えたバットが現れる。
(これも打ちにくるの?!)
千香子のリードで反応が遅れたとはいえ、美沙ならボール球とわかる球。
それを当てにきた美沙。
(2人ともやるわね!)そう思い腕を伸ばして振ったバットは、ボールの上をとらえる。
打球は、ニ遊間に転がる。
ショートが追いつき、すぐさま起きて投げる!
駆け抜ける美沙!
セーフ!
美沙が右バッターだったので、アウトの可能性もあったが、打球速度が遅いこと、転がった位置も深いところもありセーフとなってしまった。
一塁上で喜んでいる美沙。
それを見ている千香子。
(ミサミサはすごいわ)
美沙入団試合‥
「本当に野球を楽しんでる‥」姉をみて陵は思わず言ってしまった。
「ふふっ、リョウちゃんも楽しんでるじゃない」
朝日にそう言われ頬を染める陵。
「わたしはね、まず、楽しめるか?楽しんでいるか?それが大事だと思うのよね」
そう言っている朝日の横顔をみる陵。
それに気付き、陵の方をみて笑顔をみせる朝日。
「やってみなければわからない。やってみてわかることもある‥ってね!」
やはり、この先生は、かっこいい!‥そう思う陵だった。
その陵だが、野球経験は以外に長い方である。
引っ越してきて、近くの間多理団に入ったが、色々なところでプレイしてきた。
あまり喋らないのも、陵なりの生きる術なのかもしれない。
足が速く、守備も上手い、打撃も大振りせず、ミート主体と、まるでチームプレイに徹したベテラン選手のような感じさえある。
特に、キャッチングからのスローがコンパクトで無駄がない‥
それゆえに、地味、パンチ力がない‥とか言われたりもした。
いい投手、ホームランバッターなら、需要があるみたいな感じの世の中だ。
陵のようなタイプは、さぞかし地味に写るだろう。
例え、守備固めや代打でほしいからっと選ばれても、それは野球の一部を楽しんでるに過ぎないかもしれない。
現に、朝日はこう言った。
「わたしは、野球を楽しんでほしいし、野球をしてほしいの」
陵は、この朝日の言葉がすごく好きだった。
真司くん入団試合ー
陵は、真司くんチームで、2番ショートで出ていた。
あの高杉の球をカットし、ファールで粘る。
左バッターの陵なら、右投げには相性はいい。
しかも、真司くんに打たれた、正確には当てられたのがショックだったらしい高杉。
(いつもの高杉くんじゃないな)
陵はバッターボックスで構えながら、この打席のプランを決めた。
球数を投げさせること。
出塁すること。
セカンドまで進んだら行くこと。
そのプラン通り、怪しい球はカットし、予定通り球数を投げさせ、フォアボールで出塁する。
二宮は目を離すことなく陵をみていた。
そんな視線は気にせず、陵は淡々とプレイする。
陵は、流れがわかり流れをつくることもできる選手だ。
それは、すごい投球をしたり、すごい打撃をしたりするほどの派手さはない。
しかし、朝日は以前こう言った。
「団には、絶対必要な選手よ」