第26号 好きだからこそ‥②
ステップ33 好きだからこそ‥②
3番 ファースト 持田カヲル
ノーアウト、ランナー一塁、3番ファースト持田カヲルが打席に向かう。
チームのムードメーカーのモッチー。
打席に向かいながら「いやー!みんな凄すぎだよ!」といい、ニコニコしている。
モッチーは、いつもと変わらず、普通に左打席に入る。
そして構える。
雰囲気が一気に変わる。
「まさか!」まどかは嫌な予感がした。
そして、それは現実となる。
一球目、二球目と、フルスイング。
ファールになった。
丘のバッテリーは、その振り方をみて、一球外したが、モッチーはちゃんと見極めた。
(ただの大振りではないみたいだな)
丘ののキャッチャーはそう思った。
四球目、際どい外角低めの球。
モッチーは振り抜く。
ファール!
打席を外しヘルメットを直すモッチー。
あの口から産まれてきたのではないかという少年が、ブツブツいってはいるが、大きな声を出してはいない。
丘ののバッテリーも、何やら警戒している。
そして、五球目‥
インハイやや高めのボール球。
見逃せばボールだ。
なのに、モッチーのバットは始動している。
「まさか、ホームラン狙ってる?」
千香子が思わず声を出してしまう。
ベンチのみんなが一斉に、葵の方をみる。
葵も、察したようで「あの、どバカが‥」
と、言ったら、周りが笑いだした。
そんなベンチの雰囲気を知らず、モッチーのバットは球を捉える。
左バッターなら、引っ張る方が遥かにいい。
葵に勝ちたいのか?負けたくないのか?
理由はわからないが、明らかにスイングがおかしい。
「ちがう!!」千香子が声を上げる。
それは、今までのモッチーのスイングからは想像できないものだった。
流し打ち
インハイの球を引っ張らず流し打ちするモッチー。
ファールラインのどちらに落ちるのか‥
インかアウトか⁈
その打球は、ライン上でワンバウンドし、跳ね上がる。
モッチーは二塁を周り三塁へ行こうとしてストップし、戻る。
当たりが良すぎたようだ。
二塁上で悔しがるモッチー。
「あー!ホームランがー!」
ベンチは一斉に笑いだす。
「ちかちゃん、モッチーはモッチーだったね」と、葵が半分呆れたように言ってきた。
「ホームラン狙いかと思ったけど、葵さんの真似してるかと思ったから‥」
千香子は残念そうだ。
「いや、ちかは間違ってないな」
まどかが口を挟む。
「どういうことですか?」葵が真っ先に応える。
「あの、モッチーだぞ?真似もホームランも両方狙ってたんじゃないかな」
「あー」「なるほどー」
と、みんなが納得する。
「あのモッチーだもんな」「ね!」
と、さらに納得する。
「まあ、本人しかわからないけど、楽しんでいることは確かだな」
そういい笑うまどか。
(この試合、わたしの出番あるのかな‥)
まどかは、心の中で嬉しさに溢れていた。
4番 ライト 小野昭一
小野ちゃんが、ニコニコしながら右バッターボックスへ向かう。
3回素振りをしてから、バッターボックスに入り、右足で地面の感触を確かめる。
それから肩幅より少し広めに左足を配置する。
不動の4番。
間多理団では、4番といえば小野ちゃんだ。
まどかは、小野ちゃんをみて、七花との会話を思い出していた。
「七花さん、小野ちゃん、4番が多いですよね?」
「そうだね」
七花は、練習場のベンチで、美味しそうにペットボトルのミルクティーを飲んでいる。
「小野ちゃんよりすごい子他にいますよね?」
「まどかのいいたいことはわかるよ」
そういいながら、ミルクティーを飲む七花。
「でもね、すごいだけではダメなんだよ」
まどかはベンチから小野ちゃんを見守る。
「小野ちゃん、優しいからな‥」
そういいまどかは静かにベンチに座った。
小野ちゃんは優しい。
だから4番に向いている。
そう七花から言われた時はびっくりした。
チームイチの打力
得点圏打率
スター素質
それよりも、優しさが大事だと。
2点先制し、なおノーアウト、ランナー二塁三塁。
ここで優しい小野ちゃんに周るあたりが4番なんだろう。
「ノーアウトか」まどかが呟く。
また、七花との会話を思い出す。
「いい、まどか。ノーアウトだったら4番はどうする?」
「ノーアウトですか‥ランナーがいなければホームラン、いてもホームラン‥狙いですかね?」
「まあ、そうね。それが間違いではない。それだけの打力があるはずだしね!でもね、小野ちゃんは違うのよ」
「違うんですか?」
「小野ちゃんはね、自分がアウトになってもいいと思っているのよ」
「え?アウト?」
「そう、たとえば‥犠牲フライとかね」
「ランナーがいるならわかりますが、ランナーいない時の場合はどうなんですか?」
「小野ちゃんだと‥四球で出塁でいいと思ってるか、最悪ヒットでいいかな?って感じかな」
「最悪ヒット⁈四球で出塁⁈」
まどかは驚いていた。
「だから、ホームラン打つとフリーズするんだよ」
「あっ!なるほと」
「まどか、小野ちゃんはね、仲間を信じてるから、自分が、自分が‥がないんだよね」
‥
‥‥
「ランナーがいるけど、小野ちゃんどうする?」
まどかはいっさいサインを出していない。
それは丘のの監督も気付いていた。
「なぜ、采配しないのか‥」
そんな事は知らず、まどかは見守る。
小野ちゃんのカウントは、スリーボール、ワンストライク。
(四球狙い?いや、ここではあまり意味ないかな‥)まどかが考えている。
次が千香子の打順と考えれば、意味はなくはない。
それでも、まどかは何かを期待していた。
(七花さんの教えを受けてどう変わってきたのか‥)
ピッチャーがセットアップから投球モーションにはいる。
小野ちゃんは、タイミングを取り始める。
丘のバッテリーはストライク狙いなのか?
歩かせるの承知で、際どい球で来るのか?
外角低めに球が走る。
「小野ちゃん!」みんなが叫ぶ。
小野ちゃんのバットが始動している。
球を捉えるのか?
バットの先が空気を切り裂く‥
「え?」
「止まった!」
際どいコースだが、小野ちゃんならボールとわかる球だ。
小野ちゃんは、その球をカットした。
ファール!
さすがの丘ののバッテリーも驚く。
小野ちゃんはというと‥
(ふぅ、あぶなかった‥)と思いつつ何度が素振りをしている。
千香子はネクストバッターサークルで座り見ていた。
「小野ちゃん、勝負を挑んだのね」
優しいが決して弱いわけではない。
時としてそれが力となり人を動かす。
小野ちゃんは、まさにそのタイプだ。
優しい小野ちゃん
柔和な小野ちゃん
いつもニコニコの小野ちゃん
でも、燃え盛る炎の火種は、心の奥にある。
丘ののバッテリーも高揚していた。
逃げない、勝負する。
バッテリーの目の色が変わる。
丘のの監督も気付く。
「お前たち‥」
小野ちゃんのバッターボックス内の雰囲気は変わらない。
しかし、丘ののキャッチャーはわかっていた。
(打つ瞬間変わるんだよな)
勝負の一球。
丘のの投手が渾身の球を投げる。
迎え撃つ小野ちゃん。
真ん中インコースよりのストレート。
丘のバッテリーも歩かせてもよかったはず‥しかし、こんな楽しそうな選手に逃げるなんてできなかった。
小野ちゃんの柔らかいスイングがキレを増す。
(うまい!)丘ののキャッチャーはそう感じた。
小野ちゃんは、引っ張らず右中間に打球を飛ばす。
大飛球
空高く大きな弧を描く。
丘ののセンターとレフトが下がりながら打球先に集まる。
丘ののセンターとレフトは思っていた。
(こんなに飛ぶのか⁈)
打球はフェンスギリギリ。
丘ののセンターが食らいつく。
ナイスキャッチをしたが、1失点は覚悟する。
追加点をあげないため、すぐ返球するセンター。
ニノは無事ホームに帰還。
二塁のモッチーは、三塁に行こうとしたが、丘ののセンターの返球が上手く、走り出したが二塁に戻っている。
小野ちゃんは?というと、一塁ベース上で立っていた。
アウトかもしれない‥でも、走らなければ‥
一塁から帰る小野ちゃんが、なんだか輝いて見えたのは、気のせいということにしておこう。
一回の裏、間多理団の攻撃、スコアは0-2で、間多理団がリードしている。




