第20号 壁
ステップ27 壁
女子野球を野球と比べて考えると、そこには壁がある。
女流棋士と棋士くらいの壁と言ったらいい過ぎだろうか?
それでも、確かに壁はある。
女子だと、ソフトボールの方が知名度や人気があるかもしれない。
そんな壁を気にせず、がむしゃらに白球を追いかけ一生懸命プレイし楽しんでいるのが彼女たちだ。
野球が好きじゃなければ、さすがに出来ないことだ。
一時、女子選手にスポットライトが当たった時期があるが、それは、今の大谷翔平ほどの注目と評価ではない。
それが現実であり、現在地点でもある。
練習終わりの気分転換。
瑠璃子さんと喫茶店に来ている朝日。
「いい雰囲気のところですね」と、瑠璃子は辺りを見まわしながら気になるところをみている。
「わたしが中学の時から来ているところです」と朝日は笑顔を浮かべている。
自分の好きな場所が褒められたら、やはり嬉しいものである。
朝日は、いつもの指定席に瑠璃子を誘導し、座る。
座るとしばらくして、店員が来る。
「いらっしゃい、七花ちゃん」
とても落ち着いた大人の女性が、そういい、七花にはミルクティーを、瑠璃子にはカフェオレを置く。
「ありがと、志津香さん、こちらが話していた佐々木瑠璃子さんです」
それにリンクするように、お辞儀をする瑠璃子。
「はじめまして、佐々木です」
「ありがとね、うちに来てくれて」志津香の笑顔がとても素敵だった。
瑠璃子は、こういう歳の取り方をしたいと思った。
ちなみに、ミルクティーとカフェオレは、事前に七花が志津香に頼んでいた。
「ごゆっくりどうぞ」
そういい笑顔を残して戻っていく志津香。
「素敵な方ですね」瑠璃子は朝日にすぐ話す。
「素敵過ぎるんだよね、志津香さん目当てで来る人もいるからね」
「やっぱりですか」
そう言って、志津香が消えて行った方向をみている瑠璃子。
「ふふっ、瑠璃子さんも、やられましたね」
「え!」
瑠璃子は両手で頬を隠す。
一つ間違えればムンクの叫びだ。
「照れなくていいですよ、わかりますから」
そういい、朝日はミルクティーを飲む。
(せん‥七花さんも素敵なんですよ?)と、心の中で自分と話し合っている瑠璃子。
ますます顔が紅くなる。
「志津香さんのあの所作、佇まい‥あれが大人の女性なんだと思わせるんだよね」そういいニコリとする朝日が瑠璃子は眩しかった。
それぞれ、自分の飲み物と雑談を楽しんだ後、瑠璃子が切り出す。
「せんせ‥あ、七花さん」
朝日は少し口元が緩む。
瑠璃子には、先生と呼ばないで欲しいと頼んだからだ。
「はい、なんでしょう」
「えっと、小耳に挟んだというか、噂を聞いたというか‥なんですが」
「はい」静かにミルクティーを飲む朝日。
「七花さんは、選手を育てるつもりはないって本当ですか?」
ミルクティーを飲んでいた朝日が止まり目だけ瑠璃子を見る。
そして、ミルクティーの入ったティーカップを静かに置く。
「あー、団に入れなかった子の親たちかな」
「当たりです!‥って、せ‥七花さん、そんなにサラッと‥」
瑠璃子が慌てている。
朝日は瑠璃子を見つめ「結論からいうと育てるつもりはないよ」
瑠璃子はただ、黙っていたが、内心は驚いていた。
「瑠璃子さん、そんなに驚かないで、まだ、続きがあるから」そういい右手でどうぞと促されたのはカフェオレだ。
「あ!はい」
瑠璃子は落ち着かせるように、大好きなカフェオレを飲む。
しかし、味を堪能している気分ではなかった。
「わたしはね、育てるとは思ったことはないんだ、だって、成長するのは選手本人で、わたしたちは瑠璃子さんみたいな親のような立場でも、まして立派な人でもないんだよね」
それを聞いて、瑠璃子はテーブル下の両手をギューっとして力が入る。
「でも、な、七花さんはみんなに色々教えてくれてます!」
一生懸命な瑠璃子をみて、優しい笑顔になる朝日。
「そうだね、確かに教えてる‥でも、それって当たり前じゃないかな?わたしは子供たちより先に野球をやっていたし、人生経験もある‥なら、それを分かち合う、伝えるのは普通じゃないかな」
ゆっくりとミルクティーを飲む朝日。
「謙遜というか、謙るというか‥七花さん、素敵すぎます」
尊敬の眼差しを感じる朝日。
「瑠璃子さん、恥ずかしいよ。そんなたいしたものじゃないし。わたしはただ、監督とかコーチだからとか、年上だから、大人だからって威張ったり、驕ったりが嫌いなだけだよ」
瑠璃子は、カフェオレを飲もうとおもったが、朝日から目を離せず手はカップに添えたままだ。
「本当に育てるなんて、烏滸がましいくらいだよ。子供たちの将来までわたしが決めていいわけでないし。今、野球をやってても、来年は違うスポーツをやってるかもしれないし、やってないかもしれない。それでいいんだと思うんだ」
チラッと横をみる朝日。
「ね!志津香さん!」
おかわりを確認しに来たのだろうか、志津香さんが立っていた。
「そうねぇー、同じ人はこの世界にいないもんねー、人それぞれってことかな?‥それで、おかわりいるかしら?」
朝日は常連でもあるので、おかり一杯は無料で、コーヒーなら朝日とほのかなら制限はない。
しかし、2人はあまり飲まない。
「お願いします!瑠璃子さんは?」
「わ、わたしもいいんですか?」
志津香さんをみると、「大丈夫よ」と言われ優しく微笑まれた。
「い、いただきます」
志津香が去ったあと、朝日が話を続ける。
「結局ね、色んな壁が人にはあるじゃない?わたしは、その壁がいいとか悪いとじゃなくて、どう見るか‥だと思っててね。そんな壁で優劣はつけたくないのが本音かな」
「えっと、ボーダーライン的なことですか?」
朝日の目を直視できないが、チラチラみる瑠璃子。
「ボーダーライン‥引かないという意味ではそうとも言えるかな。まあ、わたしはただ、みんなに今を楽しんでもらいたいだけかな!」
窓から差し込む日差しが優しく朝日を包み照らす。
そんな朝日をみて、瑠璃子はボーッと見惚れていた。
そんな瑠璃子を志津香はカウンターからみて微笑ましく思った。
「はやく2人に持って行ってあげなきゃ」志津香はそういいながら、流れるようなゆったりとした所作で朝日たちのところへ向かっていった。




