第11号 頼れない
ステップ19 頼れない日
朝日の練習には色々ある。
その中で、少し特殊なのがある。
(いや、すべて特殊かもしれない)
練習試合なのだが、朝日が監督もコーチングもしないのだ。
AとBに分かれるのだが、まず監督を決める。
もちろん、選手の中からだ。
選ばれた監督は、それぞれキャプテンを決め獲得する。
キャプテン同士じゃんけんをし、先攻後攻を決め、交互に選手を獲得していく。
獲得し終えたら、それぞれ打順と守備を決める。
こうしてチームができる。
試合は3回制で行われ、7人スタメンの変則試合となる。
内野1人と外野が1人が少なくなる。
朝日の指示や助言は一切ない。
朝日は、普通に試合を観るだけになる。
この練習試合になんの意味があるかは、朝日しか知らない。
それでもみな楽しんでいる。
今回のAチームの監督は、千香子。
Bチームは夏だ。
Aチーム
監督 関千香子
1番(中)布袋葵
2番 (ニ)三郷陵
3番(投)大塚ひまり(キャプテン)
4番(左)持田カヲル
5番(三)関千香子
6番(一)高杉翔
7番(捕)東郷
リザーブ
西澤
九条光
門倉ももか
Bチーム
監督 柊夏
1番(投)三郷美沙
2番(一)二宮誠一郎
3番(捕)小野昭一 (キャプテン)
4番(三)門倉まどか
5番(左)北川
6番 (ニ)柊夏
7番(右)佐々木真司
リザーブ
南野
一ノ瀬航
菅原清華
今回、弥生は欠席だが、九条と一ノ瀬は参加している。
理由は、朝日が好きだからだ。
そして、新たに入団した門倉ももかと菅原清華がいる。
ちなみに、朝日にべったりの門倉まどかは、特別参加である。
そして、ももかは、姉まどかの妹となる。
朝日の一番弟子と言われて、すぐ思い浮かぶのは、千香子かもしれない。
監督としての、継承としての意味なら門倉まどかである。
そんな2人の戦いが展開される。
千香子たちAチームの攻撃がはじまる。
千香子が葵を1番にしたのには理由がある。
ー全てに対応できるからー
その通り、いきなり先頭打者ホームランを打った。
「ナイス!あおいちゃん!」
葵も右手を上げて応える。
2番は陵だ。
千香子は、陵は守備の面で選んだ。
だからといって打撃に期待していないわけではない。
普段1番が多い陵だが、なぜ2番なのか?
それは、先程の葵にある。
ホームランなら、一からスタート。
三振でも一からスタート。
つまり1番打者とかわらないのだ。
もし、葵がヒットで四球で出塁しても、1番打者と変わらないスタンスで打席に入れるのだ。
「千香子ちゃんやるわね‥」まどかは静かに闘志を燃やしていた。
陵はBチームの守備位置を気にしていた。
打席に入る前の素振りをしながら、チラッとみる。
(内野のフォーメーション、嫌な感じがする‥夏らしいと言えば夏らしい)
打席に入りながら、小野ちゃんをみてニコリとする陵。
小野ちゃんも、マスク越しにニコリとする。
ホームランを打たれたが、美沙の球が悪いわけではない。
高い身長から角度がある球が、オーバースローで放たれる。
姉弟対決。
美沙は見事に陵から三振を奪う。
ネクストバッターサークルにいるひまりが立ち上がる。
それを見ている千香子。
(ここまでは予想通り‥ひまりちゃんを‥)
チラッと朝日の方をみる千香子。
(七花さん、みていてください)
美沙とひまりでは、そこまで実力差はない。
ただ、美沙は投手メインではない。
バッターボックスに行く前に、ひまりに話す千香子。
ひまりは頷く。そしてバッターボックスへと向かっていった。
美沙対ひまりの勝負にみな驚いていた。
ひまりが一球ごとに打席を変えるのだ。
夏も驚く。
(これは‥一体‥)
美沙は右投げなので、断然左バッターボックスの方が有利だ。
なのに打席を変えている。
スリーボール、ワンストライクのカウントになる。
敵の内野は深めの守備位置。
ひまりは左打席。
千香子はサインを送る。
頷くひまり。
美沙が投げる!
ひまりのバットが始動する。
コンッ!
三塁線に転がる!
「バント⁈」美沙が驚く。
まどかが、ボールを拾うが投げれなかった。
それだけ勢い殺した絶妙なバントだった。
千香子はホッとしている。
一塁ベースで両手をあげ喜ぶひまり。
ワンアウト一塁、バッターはモッチーこと持田カヲル。
モッチーには、千香子は初球からドンドン振るように伝えた。
モッチーは初球からバンバン降り、2球とも空振りでツーストライクと追い込まれた。
(モッチーもなかなか上手くなったな)
千香子が静かに見守る。
3球目が投げられる。
千香子も、モッチーも、この3球目を待っていた。
カキーーン!
センター方向へ高く飛ぶ打球。
ワンバウンドし、フェンスに当たり転がる。
一塁ランナーのひまりは、ニ塁、三塁とベースを駆け抜けホームベースにゴールする。
モッチーは、三塁でストップ。
相手の守備のスキをついた攻撃だ。
外野はレフトとライトの2人。
しかも、ライトは真司くんで右利き。
レフトも北川で右利きだが、センターに狙ったことで、出塁率がUPする。
内野深めのライト定位置、レフトはレフトラインよりのシフトをチョイスしていた夏。
「あんな素直なバッティングをモッチーが‥」夏は驚いていた。
フルスイング=モッチーみたいなのが当たり前だった。
モッチーなら、引っ張るか左打者特有のスライスしてライン側かと考えていた夏。
モッチーは、三塁ではしゃいでいる。
千香子は両手を上げてぴょんぴょんしている。
「ちかちゃんすごいや‥」夏は嬉しくなっていた。
2点取ったが、さらに畳み掛けたいAチーム。
バッターは千香子。
Bチームも美沙を変える気配はない。
素振りをし、一礼してからバッターボックスに入る千香子。
ワンアウト、ランナー三塁。
美沙、小野ちゃんバッテリーは正規ではない。
しかし、投球、配球、リードが悪いわけではない。
立ち上がりが悪いだけなのだ。
千香子は、そこを狙っていた。
なので、一回の表の攻撃に重点を置いていた。
千香子が左バッターボックスに立つと、守備位置が変わっていた。
ファーストとセカンドの間にややセカンドよりにファーストが。
セカンドとサードの間にややサードよりにサードが。
セカンドベース後ろややショートよりにセカンドが守備位置につく。
外野はライトがセンターのポジションでレフトはそのままの位置だ。
千香子は一瞬で理解した。
(あえてのわたしの得意な流し打ちでアウトにする気ね)
‥ということは、アウトコースのみの投球で勝負してくるということになる。
(これは、夏くんに付き合うべきなのかな?‥うーん‥)
考えながら、初球、2球目とアウトコース低めのボールを見送る千香子。
(七花さんなら‥)
‥「え?あえて相手の作戦に乗るんですか?」千香子はびっくりしていた。
「そうよ、ちか。相手の戦術にあえて乗る‥そうだなぁ、合わすって感じかな?」
「でも、それで失敗したら‥」
「元も子もない?‥」
「はい‥」
「そんなことはないわよ?人って、意外に単純でもあるのよ?」
‥パン!!
「ストライク!」
外角高めギリギリに入る。
ツーボール、ワンストライクのカウントだ。
いったん打席を外し、ヘルメットを被り直す千香子。
(よし!)
「夏くん、ヤバいのでは?」マウンドにみな集まっている。
そう、千香子に外角の球をことごとくカットされているのだ。
カウントはフルカウント。
夏は黙ったままだ。
観戦している朝日と瑠璃子。
「千香子ちゃん、すごいですね!」と瑠璃子が少し興奮気味に話す。
「そうですね‥わたしが以前言ったことを、ちゃんと理解したみたいです」
「そうなんですか?」
「ええ、あの守備に対して逆らわず、しかも合わせているけど、追い詰めている‥」
瑠璃子の頭の上にははてなマークがたくさん出現した。
「ふふっ‥。ちかは、流し打ちが上手いんです。なので、普通はインコースを狙い引っ張らせてアウトにする‥が一番なんです」
「千香子ちゃんが、インコースを流し打ちできたとしてもですか?」
「そうですね。そのための配球も考えていたと思います、夏くんは‥」
「でも、千香子ちゃんがその上を行ってるんですね?」
「そうですね‥夏くんも、ちかの得意なことで打ち取ろうとしてるので凄いんですが‥ちかが一枚上手でしたね」
「千香子ちゃんは、流し打ちで出塁するんですか?」
「瑠璃子さんの思うように、普通そう思いますよね?でも、相手の戦術に乗る、合わせる‥だけで、勝負はしないわけではないんです」
「ちょっと待ってください!千香子ちゃん、そこまで考えてるんですか?」
それを聞いてニコリと笑う朝日。
「ちかは、本当にすごいですよ!ものすごい努力をする子です。わたしよりすごいかもしれません」
「せ、先生より⁈」
「ええ‥瑠璃子さん」
「はい⁉︎」
「これから言うことは、真司くんにはあの子たちには言わないでくださいね」
「わ、わかりました!先生とわたしとの秘密ですね?」
「はい。実は、この7対7の試合の主旨や目的などは、選手たちには伝えてないんです」
「何もですか?」
「あー、ひとつだけは言ってあります。‥いつもと同じことをしない‥これ以外は、何にも言ってません」
「先生、それでもわからないような気がします‥みんなの反応はどうだったんですか?」
「楽しんでましたよ。まあ、自分たちで感じ、考え、行動する。当たり前が当たり前ではないことに気付くかどうか‥それらを別にしても、野球を楽しんでますね」
「さすが先生の教え子たちですね!」
「いいえ、あの子たちがすごいんですよ‥ねぇ、瑠璃子さん、何かに失敗したら瑠璃子さんならどうなります?」
「失敗ですか‥落ち込むでしょうか?‥あとは、なぜ、あーしなかったとか、こーしとけばよかったとか‥」
「ですよね。では、それって悪いことですか?ダメなことですか?」
「そうですね‥わたしは、なんか後ろを振り返ってばかりで、前を見ないと思うので、よくないかな?っと思いました」
「瑠璃子さんは、正直ですね!」
「そ、そんなことありません!!だ、ダメな大人ですもん」
それをみて朝日がまた笑う。
「瑠璃子さん、わたしは、失敗やミスはいいと思ってます」
「え?そうなんですか?」
「はい。人間に完璧完全にできる人はいません。必ずミスはします。ただ、どうリカバリーするかなんです」
「‥リカバリー‥」
「そうですねー、もっとわかりやすく言えば、他人にはわからなければいいです」
「それは‥失敗してるけど、失敗してないみたいな的な事ですか?」
「はい!ただ、それは他人からみたら気付かないだけであって、自分の中で事実ですよね?」
「ええ、やっちゃたー!ってなってます!」
「ふふっ、瑠璃子さんかわいい人ですね!」
「や、やめてください!せ、先生に言われると‥恥ずかしいです」
「すみません。まあ、つまりなんですが、自分でどう消化し、次の行動に活かすか‥が大切なんです」
「なるほどです‥まさか、それもこの練習試合の意味に含まれているんですか?」
瑠璃子の方を向きニコリと微笑む朝日。
「これは、ほんの一部です。あの子達が、自分達で考え行動することに意味があるんです。ただ、言われたことをやればいいのでは、ダメなんですよ」
「ということは、千香子ちゃんたくさん失敗してきたことで、今があるって事ですか?」
「そうですね!」
「その千香子ちゃん、ちゃんと見なきゃ!」
そんな瑠璃子みて微笑む朝日。
夏は思った‥(美沙はこの回で終わりだ‥)
朝日は、投手の投球数には気を遣っている。
夏も千香子それは理解している。
先手は千香子の進軍が決まった。
3回制とはいえ、人数は少ない。
また、全ての選手を使うとなると使い所も大事だ。
そう言う点からも、夏は進軍できず、後退するしかない状況だ。
それを千香子にやられてしまったのだ。
夏は思った‥(打順5番もそれで決めてたらすごいや)
美沙と千香子の対決は続いている。
千香子がいったん打席を外し、バットのグリップを確かめるよに何度も握る。
モッチーは、三塁からそれをみている。
打席に入り構える千香子。
ヘルメットからみえる左右のおさげが可愛いくみえる。
美沙が投げる!
「⁈」
美沙と小野ちゃんは、しまった!という顔していた。
美沙の投球と同時にモッチーが走り出したのだ。
「ホームスチール?」
「スクイズ?」
千香子もバントの構えをしている。
内野が前進しだす。
その瞬間、千香子のバットが元の場所に戻る。
「バスター⁈」夏の足が止まる。
ニノとまどかの足も止まる。
振り出した千香子のバットが外角の球を捉える。
「⁈」
「⁈」
「⁈」
内野3人は、やられた!っと思った。
千香子のスイングが球をとらえた所で止まる。
打球は内野陣の頭を越える‥
夏たちには、その瞬間はスローに見えた。
(モッチーがスタートしているのに、転がさないで上げるなんて⁉︎)
モッチーは、気にせずホームを駆け抜けている。
3点目。
千香子は、一塁で嬉しそうに右手を空に向けて上げていた。




