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熱い息を吐きながら、俺は寝台で唸っていた。
そんな俺の世話を、ローレンスは甲斐甲斐しく焼く。世話を焼いてくれるのは、非常にありがたいんだけど……。
仮にも淑女の体を、躊躇なく清拭しようとするのはどうかと思うぞ!
浄化魔法でいいだろうとツッコんだら残念そうな顔をしていたが、あれは確信犯だな。
……どういう感情で清拭したかったのかは、怖いので訊かないことにした。
身を起こしてローレンスに水を飲ませてもらい、ひと息ついていた時……。
扉がノックされ、ディリアンが顔を出した。
「イーディス。熱が出たそうじゃないか。大丈夫なのか?」
ディリアンは心配そうに言いながら、こちらにやって来る。
「だ、大丈夫です」
「……大丈夫という顔色ではないぞ」
彼は俺の顔を覗き込みながら言うと、ぐっと眉尻を下げた。イーディスの十八年間の人生の中で、ディリアンのこんな顔ははじめて見る。あまりにも前と違いすぎて、なんだか落ち着かないな。
「……そんなふうにディリアンお兄様に心配されると、ちょっと気持ち悪いですね」
熱のせいか、ついつい素直な気持ちが口から零れてしまう。
それを聞いたローレンスが、ぷっと小さく吹き出した。
「ふむ。お前に気持ち悪いと言われるのは、不思議なことに心地いいな」
ディリアンは俺の暴言に怒るどころか、恍惚という表情で口角を上げる。
今度は別の意味で気持ち悪い!
「本当に気持ち……ごほっ、ごほっ!」
「ディリアン様。妙なことをされると、イーディス様の熱が上がりそうなのでやめてください」
ついついむせてしまった俺を労るように、ローレンスが背中を撫でてくる。そうしながら、彼は鋭い視線をディリアンに向けた。
「報告はどうなりました?」
ローレンスが俺を背に庇いながら、ディリアンに訊ねる。そんなローレンスを見てちっと舌打ちしたあとに、ディリアンは口を開いた。
「上位魔法はローレンス卿が使ったものだと説明した。リアナ以外は納得していたぞ」
ディリアンの返答に俺は目を丸くした。皆、それで納得したのか。
「上手く説明してくださったのですね。ありがとうございます、お兄様」
「私が上手く説明した……というより。皆は認めたくなかったのだろう」
「……認めたくない?」
首を傾げる俺に、ディリアンは頷いてみせる。
「『魔力なしのイーディス』が脅威となる可能性を……認めることができなかったのだと思う」
「……なるほど」
続けられた言葉を聞いて、腑に落ちる。
『イーディス』が上位魔法を使えるほどの魔力を持ち合わせているとなれば、跡目争いが苛烈になることは目に見えている。
末っ子には無能のままでいてもらった方が、彼らにとっては都合がいいのだ。
それに……。下に見ていた『イーディス』が同等の存在に駆け上がるなんてことがあれば、彼らのプライドが盛大に傷ついてしまう。
「やつらは、ローレンス卿の仕業だという自身のプライドが保てそうな結論に飛びついたんだろう」
ディリアンはそんなふうに、話を締めた。
「なにはともあれ、時間が稼げそうでよかったですね」
ローレンスはそう言うと、にっこりと笑う。
そうだな。公爵家の面々のプライドのおかげで、もう少し時間が稼げそうだ。
この虚弱な体は、なかなか万全にならないしなぁ。
「ところでだ、イーディス」
ディリアンが複雑な表情をしながら声をかけてくる。
「なんでしょう、お兄様」
「リアナに気をつけた方がいい。今回のことで相当お怒りの様子だからな」
「う……。そうですね」
そうだな。リアナは俺が魔法を行使するのを目にした『目撃者』なのだ。
皆の反応に対して、さぞかし怒り心頭だろう。
「お前が魔力持ちであることを、力づくで証明しにかかるかもしれない。ローレンス卿の側を、決して離れないように。私では……お前を守れないからな」
ディリアンはそう言うと、悔しそうに口元を歪めた。
「おや。足りない自覚はあるのですね」
「……自分の実力くらい、ちゃんと把握している。だが今のままでいるつもりはない」
ローレンスが突っかかると、ディリアンはローレンスをしっかりと見つめながら言葉を返す。
「いつかローレンス卿に追いつき……私はイーディスのお兄様兼従者になるのだ」
そして、決然とした口調でそう告げたのだった。
「いや、従者はもういりませんって」
そもそものところ、俺は男を侍らせて喜ぶような趣味はないのだ。意に沿わないことを強要するのは勘弁してほしい。
「では、下僕でいい」
「うう、なんかニュアンスが気持ち悪い」
「それは光栄だな」
ディリアンはそう言うと、爽やかな笑みを浮かべた。
「では、また来る」
ディリアンは短く言ってから、部屋を出て行く。
……熱が上がりそうなのでしばらく来なくていいです、お兄様。




