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「くそ、あいつ……! 領都へ向かうぞ、ローレンス」


 死竜の被害を減らすために、早く領都へ行かなければ。

 そう思い駆け出そうとした俺だが腕を掴んで引き止められて、軽々と抱き上げられてしまった。

 俺を抱き上げた主は、もちろんローレンスだ。


「我が君、私が走ります」

「む……」

「先ほどの戦いで疲れてらっしゃるでしょう?」

「それは、そうなのだが」


 たしかに少しばかり……いや、結構疲弊してはいるのだが。手の傷は治してもらったが、中位魔法を連発した影響でやや頭が重い。

 でもいちいちこんなだと、ローレンスに抱えられて移動することに慣れてしまいそうで少し嫌だなぁ。


「では、参りましょう」


 ローレンスは有無を言わさず言うと駆け出し、一気に加速する。 

 景色を置き去りにしながら、俺たちは街に向かって駆けた。

 

 ──街の皆が無事でいてくれるといいんだが。


 そんな俺の希望的観測は……すぐに裏切られることになる。

 領都に近づくにつれて街道には逃げ惑う人々が増え、その表情は皆一様に恐怖に歪んでいた。目を背けたくなるくらいのひどい怪我をしている者、親とはぐれて泣いている子ども、親しい誰かの名前を必死に呼んでいる女性、意地汚く大量の荷を馬車に詰め込んで逃げようとしている商人──その様相を見ていると『皆無事』なんてことは寝言なんだと思い知らされた。


 俺のせいだ。俺がきちんと周囲に注意を払っていれば、死竜がもう一匹いることに気づけたかもしれないのに。


 遅すぎる後悔をしながら人々の流れとは逆行する形で、俺たちは街道を進んでいく。そうしているうちに、領都の様子が視認できる距離にたどり着いた。

 領都の城壁は大きく崩れ、あちこちから死竜のブレスのせいだろう紫煙が立ち昇っている。

 死竜の襲撃に便乗して人々を襲っている魔物もいるようで、ギルドに駆り出されたらしい冒険者たちが必死に応戦している様子が見て取れた。

 こんな事態になっているのに、押っ取り刀で駆けつけるべきはずの公爵家の私兵は見当たらない。

 公爵家のノブレス・オブリージュは、一体どこに行ったんだ。

 そんな怒りが込み上げ、胸に満ちていく。


「急ごう、ローレンス」

「はい、我が君」


 俺の言葉にこくりと頷くと、ローレンスは走る速度をさらに上げる。

 空に視線を向ければ、悠然と空を飛びながら毒霧を吐き出す死竜の姿が見えた。

 城壁までたどり着いた俺たちは、暴れ回っている魔物が開けたらしい穴から街に入った。

 すると、たくさんの魔物たちが闊歩している様子が目に入る。


『グァァアアッ!』


 俺たちを新たな獲物と認識し、魔物たちは嬉々として襲いかかってきたのだが……。


「──去ね」


 そんな短いひと言とともに放たれたローレンスの雷によって、やつらは一瞬で焼き払われた。

 ……本当に、成長したなぁ。


「ずいぶんと魔物が入り込んでいるな。ローレンス、侵入した魔物の討伐と人々の避難の手助けを頼む」


 言いながら、ローレンスの腕の中から抜け出すと怪訝な顔をされる。


「我が君はどうされるのですか?」

「呑気に空を飛んでる蜥蜴野郎を落としてくる」


 空を見上げれば、冒険者たちの魔法が届けないところを死竜はのんびりと飛んでいる。

 この街であいつの相手ができるのは、俺とローレンスだけだろう。

 ……レッドグレイヴ公爵家の面々が出張ってくれば、話は違ってくるが。

 まぁ、出張ってこられても困るんだよなぁ。

 俺に魔力があることは、絶対に公爵家の面々に知られたくない。

 だからささっと死竜を倒して、街が混乱している間に素早く立ち去らねば。


「ひとりでは危険です! 先ほどもあんなに手をぼろぼろにしていたのに……!」

「仕方ないだろう、人手は俺とお前しかいないんだから。これ以上の被害を出さないため、手分けするのが一番だ」

「では、私が死竜を──」

「現状の俺では治癒魔法が使えない。皆を避難させるために必要なのはお前の力だよ」


 俺は必死にローレンスを説き伏せる。

 魔物に襲われ怪我した者や、瓦礫の下敷きになって動けない者がいるかもしれない。そんな者たちを治癒魔法が使えない俺が見つけても、『手遅れ』になってしまう可能性が高い。


「それはそうかもしれませんが……。私のいないところで、貴女がお怪我をしたらと思うと。いや、それ以上のことがあったら」

「ローレンス、いい加減にしろ!」


 手を伸ばして、さらに言葉を重ねようとするローレンスの額にていっ! と手刀を入れる。

 するとローレンスの目が、まんまるになった。その少し抜けた表情は、少年の頃の彼のようで可愛らしく思える。っと、和んでる場合じゃないな。


「俺のことを心配してくれるのは嬉しい。だがな、今本当に心配するべきなのは民のことなのではないか?」


 しっかりと見つめて噛んで含めるように言い聞かせれば、ローレンスの眉尻がぐっと下がる。


「……そう、ですね」


 渋々という様子でローレンスは折れ、俺はほっと胸を撫で下ろす。


「では、防護魔法をかけさせてください。今のお体では、複数の魔法の行使は負担がかかりますよね?」


 ローレンスは俺の手をぎゅっと握ると、必死に言い募る。


「そうだな、頼む」


 断る理由はなかったので、俺はこくりと頷いた。


「本当に無理はしないでください。貴女がまたいなくなったら、私は──」

「大丈夫だから。な?」


 防護魔法をかけつつ瞳を潤ませるローレンスの頭を、優しく撫でる。

 ……絶対に死ぬわけにはいかないなぁ。ローレンスに二度目のトラウマを与えては、申し訳ないもんな。

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