37
オークというのは、厄介な魔物だ。
個々の力が強いのはもちろん、案外知恵が回ったりもする。
その性格は残忍で、獲物をいたぶって殺すことに強い快感を覚えるという非常に厄介な性質を持っているのだ。
……そんなオークの群れが人里に現れれば、目も当てられないことになる。
悲劇が起きる前に、一匹たりとも残さず殲滅しないとな。
そう決意しつつ、ローレンスと並んで森の中を進んでいたのだが──。
──なんだか、森が静かすぎる。
エドゥアール殿下との邂逅のあとも、俺は時折この森を訪れ魔物を狩っていた。
前回俺が訪れた時には森は魔物の濃い気配に満ちていて、やつらは殺意に満ちた目を向けながらこちらの隙を窺っていた。
しかし今日は魔物の気配は微かにするものの、俺たちの前に決して姿を現そうとはしない。
この異常な事態に、俺は内心戸惑っていた。
「なぁ、ローレンス。なんだか静かすぎないか?」
眉を顰めながら、ローレンスに訊ねる。
「そうですね。私もそう思いました」
ローレンスもこちらに視線を向けつつ、同意を示した。
というか、どうしていつの間にか手を繋がれてるんだ。俺は保護者が必要な年齢じゃないんだが。
手をぶんと振って振り解こうとしたが、しっかりと繋がれていて離れない。
抗議の意味を込めてじっとローレンスを見つめれば、にこりと笑顔で返された。
……こいつ、手を放す気がないな。
俺はふうとため息をついてから、ローレンスの手を解くことを諦めた。
「魔物の気配は微かにするんだがなぁ」
気を取り直して周囲の気配を探るが、やっぱり魔物自体はいるのだ。ではなぜ、姿を見せない?
「オークたちに怯えて、隠れているのですかね?」
俺の言葉を聞いたローレンスは、そんなふうに言う。
「オークの集落は森の深部なんだろう? 森の浅いところまで、そんな影響が出るかな」
オークは相当数いるのだろうが、それだけでこんなにも影響するものだろうか。
そんな疑問をぶつければ、ローレンスは「ふむ」と小さくつぶやいた。
「たしかに、おかしいですね」
「オーク以外のなにかに怯えている、なんてことはあり得ると思うか?」
「その可能性はじゅうぶんありますね」
この想像が当たりだとすれば、オーク以外の力ある『なにか』と対峙する可能性が出てくる。少々気を引き締めねばならんな。ここまで考えてから……俺はふと気づいた。
──俺の隣に、魔物たちの恐怖の対象がいないか?
「わかったぞ。魔物たちはローレンスに怯えてるんだな?」
「その可能性は薄いと思いますよ。オークたちに襲撃を勘づかれないよう、魔力量の偽装をしておりますし」
「……そうかぁ」
考えが外れて俺は肩を落とす。そんな俺を励ますかのように、ローレンスは繋いだ手に少し力を込めた。
「とにかく進んでみないとわからないか。オークも、いるかもしれない『なにか』も、さっくり倒してしまおう」
「そうですね、我が君」
……とにかく進んでみるしかないよな。
そんなことを思いながら、お手々を繋いで森を進む。
本当にどうしてこんなことになってるんだ。男ふたりで手を繋いで歩くなんて狂気の沙汰だぞ。
いや、今の俺は『イーディス』だから問題ないのか?
「そろそろ、集落に着きます」
ローレンスの言葉に、俺はハッとし前を向いた。森の深部は木々が鬱蒼と茂っていて、遠くまで見通すことはできない。
「もう少し進んだところに開けた場所があり──」
説明をしつつ歩みを進めていたローレンスが、ふと言葉を切る。
なぜだろうと首を傾げていた俺だが、すんと空気をひと嗅ぎしてその理由に気づいた。
──濃い血の匂いがする。
俺とローレンスは不吉な予感に顔を見合わせた。




