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部屋に入って来たのは、イーディスを虐げている家族の一人だった。
──リアナ・レッドグレイヴ。
レッドグレイヴ公爵家の三女である。
リアナは銀色の髪の右側をサイドテールにした小柄な女で、十九歳という年齢よりもかなり幼く見える。紫の瞳は美しく、つり上がり気味の大きな目を取り囲むまつ毛は驚くほどに長い。顔立ちは愛らしいものなのだが、小生意気さが表情に出ているせいか『悪童』という印象を強く受ける。唇を尖らせるのが癖のようで、彼女は今も小さな唇をつんと尖らせていた。
リアナの性格は苛烈なサディスト。そしてプライドがとても高い。それでもイーディスが『魔力なし』と判明するまではそこそこいい姉だったのだから、身内には甘いタイプなのかもしれない。
今では……すっかり敵視されてしまっているが。
愛していたぶんだけ、裏切られた時の憎しみは強くなるのかもしれないな。
リアナを目にした瞬間、体が自然に地面へ這いつくばる姿勢となる。そして、ガタガタと激しく震え出した。
これは、イーディスの肉体に刻まれた条件反射か。
リアナは女性でも取り回しがよさそうな小さな鞭を手にしており、それを自身の手のひらで弾いてパンという音を立てた。
手のひらには防護魔法がかかっているようで、彼女が痛みを感じている様子はない。
イーディスを怖がらせるためだけに、大きな音を出して威嚇しているのだろう。なんとまぁ、悪趣味なことだ。
俺の体は鞭の音を聞くたびにびくりと跳ね、それを目にしてリアナは口角を上げた。
──震えるな。
前世では俺は二十四歳の男だったんだ。それも『獅子王』だったんだぞ?
レッドグレイヴ家の小娘など、恐るるに足りない。
心に長い年月をかけて蓄積した恐怖。それを振り払うように、俺は自身に言い聞かせる。
そして、顔を上げると唾をこくんと呑み込んでから口を開いた。
「リアナお姉様。本日は、どのような用向きでいらしたのですか?」
しっかりとリアナを見つめながら問えば、彼女は苛立ちを隠せない様子で舌打ちをする。
……できる限り令嬢らしい口調を心掛けたつもりだが、なかなか難しいものだ。不審がられては、いないよな?
「イーディス。わたくしが口を開いていいと言うまで……しゃべるなといつも言っているでしょう!」
「ぐっ……!」
鞭が振り上げられ、肩のあたりを強く打たれる。鋭い痛みが走り、俺は小さく呻きを上げた。
避けようと思えば避けられる攻撃だ。けれどここで妙な動きをして、リアナに変化を気取られるのは得策ではない。
リアナはさらに数度俺を鞭打ってから、ふうと小さく息を吐いた。
「まぁいいわ。今日は貴女にいい知らせを持ってきたの」
「いい知らせ、ですか?」
じんじんと痛む体を手で擦りながら、リアナに問う。
すると彼女は口角をにっと上げて蛇のような笑顔を浮かべた。
「イーディス、貴女婚約者が決まったそうよ」
「は……?」
「それも第五王子殿下なのですって。喜びなさい」
──はぁああああああ!?
第五王子……って。
兄上の子どもってことだよな!?