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 ローレンスは沈黙し……その瞳からはころりと涙が零れた。

 

「ローレンス!?」

「あ……。申し訳ありません」


 俺が慌てた声を上げると、ローレンスが頬を流れる涙を手の甲で拭う。


「我が君が生きてここにいるのだと、改めて思ってしまいまして」

「も、もうどこにも行かないから」

「……はい」


 彼はそう言うと、大きく眉尻を下げる。

 主人が自分より早く死んだことは、彼の心に大きなトラウマを残してしまっているのだろう。

 兄を傷つけ、ローレンスを傷つけ……。結果的にではあるが、前世の俺は身近な人間を大事にできていなかったらしい。そんなことを、改めて身につまされる。


 ──前世の俺の『死』の関する話題は、俺にとってもローレンスにとっても重たいものだな。うん……重たすぎる。


「とにかくだ。見てくれ、この枯れ枝みたいな足を。これじゃ、まだまだ旅なんてできないだろ?」


 話題を元に戻したくなり、俺は椅子から立ち上がると「えいや!」とスカートをたくし上げてローレンスに足を見せつけた。

 ……こんなことをしなくても、話題は戻せたと思うんだが。

 ローレンスの涙を目にして動揺した俺は、『論より証拠』なんていうわけのわからないことを思ってしまったのだ。


「わ、我が君。その……女性が足を露わにするのは……っ」


 俺の足を目にしたローレンスは顔を真っ赤にし──すぐにその顔色を今度は青くした。

 そして、俺との距離を一気に詰める。

 彼は太ももあたりまで露出した俺の足をまじまじと見ていたが、それがすけべ心からではないことはその悲愴な表情から察せられた。


「我が君……傷が」

「ああ、あるな」


 公爵家の面々からつけられた傷が、俺の体には無数にある。

 俺はすっかり見慣れてしまっていたが、ローレンスはそうじゃない。

 少女の体に刻まれた無数の虐待の痕は、見慣れない人間には相当の衝撃だろう。

 ……気を遣えず変なものを見せてしまって、申し訳なかったな。


「……あいつら、殺してやろうか」

「それはダメだってば」


 牙を剥く狼のような凶悪な表情で言うローレンスの額に、ていと軽く手刀を放つ。

 するとローレンスは悲しそうな顔になった。


「我が君。……お体の傷を治してもよいですか?」

「それは嬉しいけど、あちこちにあるから疲れると思うぞ? そうだ、一日一個の無理ないペースで治してもらおうかな」


 回復魔法は治す方にかなりの負担がかかる。だからそう提案したのだが、ローレンスは静かに首を横に振った。

 

「私への気遣いは無用です。一刻も早く、お体を穢しているこの傷を消してしまいたい」

「そっか。じゃ……お願いしようかな」


 言いながら、俺は身に着けていたドレスをすとんと体から落として下着姿になる。

 すると、ローレンスの顔が一気に真っ赤に茹で上がった。


「我が君! 思い切り脱ぎすぎでは!?」

「脱がないと傷の確認ができないだろう?」

「そ、それはそうですが」


 ローレンスはそう言いながら目を泳がせる。……案外、純情なんだな。


「それに、俺の体なんて前世でさんざん見ただろ。着替えをいつも手伝ってたんだからさ」

「それは男の陛下の裸でしょうに。もっとご令嬢としての恥じらいを覚えてください」

「……それもそうか。じゃあ、今からでも恥じらってみる」


 とは言ったもののだ。女性との恥じらいというものは、どんなものなんだ?

 しばしの間、俺は考えたあとに……。


「ローレンス、見るな! えっち!」


 体を両手で抱くようにして、恥じらう演技をしてみた。


「そんな思い切り脱いだあとに、恥じらっても遅いですよ」


 しかし、ローレンスに呆れたような顔で見られる。

 恥じらいを覚えろって言ったのは、そっちのくせに! ちょっとだけ恥ずかしくなってきたじゃないか。

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