30
公爵からローレンスの『紹介』をされたあと、俺は部屋に戻り彼が運んできた朝食を口にしていた。
「美味いぞ、ローレンス!」
「それはようございました」
俺が笑顔で食事を頬張ると、ローレンスは嬉しそうに笑う。
この朝食は俺が狩ってきた魔物肉と厨房にある食材で、ローレンス自身が作ったものである。
彼が用意してくれたのは柔らかく煮た魔物肉が入った卵粥、そしてデザートのフルーツ数種だ。
粥はさっぱりとした味つけで、するすると喉を通っていく。食が細いイーディスの体でも、これならたくさん食べられそうだ。
……前世の頃から、ローレンスは料理が上手かったもんなぁ。
そんなことをふと思い出し、なんだか懐かしい気持ちになる。
俺に関わる使用人はローレンスのみになったらしく、そのことに俺は安堵した。
悪意があるものが近くにいるのは、それなりに息苦しいことだからな。
「イーディス様の好みは、把握しておりますからね」
ローレンスはそう言うと、誇らしげに胸を張る。
「そうだな。お前は……ずっと一緒にいてくれたものな」
「そうです。私は前世も今も忠実な貴女のしもべです。ずっとずっとお側におります」
得意げな様子のローレンスは、ちょっとだけ可愛く見える。
子どもの頃から世話をしていたから、そんな感想を抱いてしまうんだろう。
「ところでローレンス。体力ってどうやったらつくと思う?」
「……体力、でございますか」
俺の問いを聞いて、ローレンスは首を傾げた。ああ、さすがに唐突すぎたか。
「ああ。そのな……今の俺の体ってこんなだろ?」
「華奢で大変美しゅうございますね」
自身の体を指で指し示しながら言えば、美しい笑みを浮かべながらそんなふうに返される。
……いや、そうじゃなくてな。
「イーディスは体力がないから、前世のように高位魔法を扱えないんだ」
「たしかに。そのお体から推測される体力では高位魔法の反動に耐えられないでしょうね」
得心したという表情で、ローレンスが頷く。
「そうなんだ。それに……旅に耐えられる体にもなりたい」
「そういえば……。再会の時に、『ここから逃げる』というようなことをおっしゃっていましたね」
「ああ。この体が万全になったら、俺はここから逃げる。そして、立場とかの面倒くさいことに縛られずに自由に暮らしたいんだ」
「それは素晴らしいお考えです」
穏やかな表情で肯定され、その意外な答えに俺は目を瞠った。
「……肯定してくれるんだ。てっきり、王位を奪い返せとか言うと思った」
「貴女が望んでいないことをさせたりはしません。私が望むことは、貴女の幸せな生だけです」
「……そっか」
ローレンスは、兄と俺との闘争を強要しない。そのことに俺は安堵する。
本心では、彼がどう思っているかなんてわからないが。
長年歯がゆい思いをしていたのだから、本当は獅子王の再来を望んでいるのかもしれない。いや、望んでいるのだろう。
だけど俺は──その願いに応えるつもりがない。
それは、また兄を傷つけてしまうことにほかならないからだ。ふたたび兄を傷つけるようなことはしたくない。
だから、ローレンスの優しさに甘えてしまっていいだろうか。
「ごめんな。……ありがとう」
謝罪と感謝と。それを伝えれば、ローレンスは首を横に振る。そして──。
「貴女が理不尽な形で失われないこと。それだけでじゅうぶんです」
と、どこか遠くを見る目で言った。




