公爵家の家族会議
「父上。ローレンス卿がイーディスの従者になるなんて……。一体、どういうことなのですか」
長男のディリアンが、眼鏡を指先で押し上げながら私に言う。
……ディリアンは神経質ですぐに苛立つ。そういうところが魔法のコントロールに甘さにも繋がっている。
もっと心を平静に保てるようになればいいのだが。
「それはこちらが知りたい。急に押しかけてきたのだ、あの方は」
本当に訊かれても困るのだ。昨夜突然、ローレンス卿は私の執務室に現れた。そして──。
『レッドグレイヴ公爵閣下。私はイーディス様にお仕えします。ええ、そうすることにしました』
と、爽やかな笑顔で宣言したのだった。その理由を訊ねても『彼女が、新たな我が君だと確信したので』としか話してくれない。混乱しつつもローレンス卿と揉めたくなかった私は、その宣言を受け入れることしかできなかった。
「イーディスのなにを気に入ったのかしら。そもそも出会う機会なんてなかったはずよ。あの娘は……ずっとあの生活だったのだから」
妻がそんなふうに零しながら、朝食のサラダを口にする。その表情は不味いものを食べているように、苦々しいものだ。
「王子殿下もイーディスがお気に入りのようだし……。まさか、『魅惑』持ちだったり? そうだとしたらずるいわね」
長女のメリアンは頬に手を当てつつ、ふうと息を吐く。
魔力から発生させる魔法と別に、人は希少な能力を持つことがある。
しかしイーディスは……鑑定でそちらの方の反応もなかったのだ。正真正銘の『なにもなし』だ。
「あれには魔力がないし、希少な能力の類も持っていない」
そう言い切ったものの……。ローレンス卿のあのイーディスへの心酔ぶり。あれを見てしまった今、なにか大事なことを見落としているのではないかと不安が胸に満ちていく。
私たちは、薄氷を踏むような立場に追いやられてしまっている。
──それは、ローレンス卿が私たちが『虐げてきた』イーディスに驚くほどの肩入れをしているからだ。
……あの男は化け物だ。
正確に言えば、獅子王陛下が亡くなってから化け物になった。
それまでも優秀な男だったが、獅子王陛下が亡くなってからは鬼気迫る様子で己を鍛え上げていった。
そして……我らより遥か高みへ行ってしまった。
我が子の中でも特に優秀なリアナでさえ、彼にかかれば赤子の手をひねるより簡単に制圧されてしまう。それを目の当たりにし、正直に言えば恐れで震えた。
ローレンス卿は己の野心や現王のために力を振るうつもりがないらしく、獅子王陛下が望んだであろうことにのみ力を使っていた。我らが衝突する機会はなく、彼との関係は実に『穏便』なものだったのだ。
しかし今……ローレンス卿との対立の芽が芽吹いてしまった。
イーディスが『今までされたことの復讐をしたい』と彼に命じれば──。
ローレンス卿はレッドグレイヴ公爵家に牙を剥くだろう。それだけは避けねばならない。
「これから、どうするべきかしら」
メリアンが数杯目のワインを口にしながら、眉を顰める。
「癪だけれど、イーディスの待遇改善は必須ではないかしら。ローレンス卿の神経を逆撫でしたくないもの」
妻は不本意だという気持ちが滲む表情で言うと、眉間のあたりを指先で軽く揉んだ。
「それは私も考えていた。……イーディスに我らへの反意を持たぬよう言い含めることもせねばな」
「上から押さえつけるのは、危険……かも」
私の言葉に反論を挟んだのは、二女のエイプリルだ。
「押さえつけられると、反発する人間もいる」
「……それは、たしかにな」
私はイーディスを押さえつけることに、疑問を持たないくらいに慣れすぎているようだ。
今までの『当たり前』の行動をしてしまうのは、危険だな。
「しばらく、様子を見るしかないのでは? イーディスの出方を見ないことには、対策も立てられないと思いますし」
あくびをしながらメリアンが言う。ディリアンもそれに同意するように、こくりと頷いた。
イーディスの待遇を改善しつつ、様子を観察する。……ひとまずはそれしかないか。
……リアナがどう出るか、頭が痛いな。
あれはローレンス卿に執心している。
どこぞの舞踏会でローレンス卿を見初めたらしく、二年ほど前から彼を追いかけ回している。
だから先ほどの場で、リアナは激昂したのだ。
ローレンス卿との婚約も何度もねだられたのだが、我が家の当主になる可能性が高いリアナを子爵家の当主と縁づかせることなどできない。ほかの兄姉が台頭すれば状況も変わるかもしれないが、現状では望み薄だ。
この機会に……ローレンス卿のことは諦めてくれるとよいのだが。
そんなことを考えながら、私は痛む胃をそっと撫で擦った。




