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見覚えがある青年だった。今世ではなく……前世での見覚えだ。
ふわふわとした質感の赤髪の青年は非常に整った顔をしており、貴族らしい上品な衣服を身に着けている。
長いまつ毛に囲まれた金色の瞳は、なんらかの『期待』を孕ませながらじっとこちらを見つめていた。
一体、誰だ。いや、さっき俺のことを『我が君』と言ったよな?
その呼び方をするのは、まさかあの子か……?
目の前の美しい青年と、前世でいつも側にいた十六歳の繊細な美貌の少年。その面影が重なっていく。
「……ローレンス?」
「はい!」
名前を呼ぶと、目の前の青年は花が咲くようにぱっと笑った。
──ローレンス。
俺が獅子王だった頃にその才覚を見出し側に置いた、平民の子ども。俺の腹心。
今は子爵だと魔法薬店の店主が言っていたっけ。
「本当に、ローレンスなのか?」
「はい、我が君。貴方のローレンスです」
「あの小さなローレンスが大きくなったな。ああ、本当に立派になって」
この世界ではじめて、『本当』の俺を知っている人間に出会った。
そんな感動に押し出されるように、俺は彼の手をぎゅっと握ってしまう。
昔は小さく柔らかだったローレンスの手はごつごつとした大人の手になっていて、歳月の経過に感慨深さを覚えた。
「立派になったと思ってくださるのですか? 我が君」
「ああ、当たり前だろう」
「我が君……!」
ローレンスはうるりと瞳を潤ませる。
いや、待て。再会はとても嬉しいが……。
気になることがたくさんあるぞ!
「ローレンス。どうしてここにいるんだ!? しかも、どうして俺だと気づいて──」
「貴方の魔力の気配を感じたので、懸命にお探ししました」
「……気配を」
「はい。気配がレッドグレイヴ公爵家の屋敷からだとようやく特定できたので、急いで馳せ参じた次第です」
「そ、そうだったのか」
……魔力の気配で個人の識別ってできるものだっけ。
昔から犬みたいなやつだったけど……犬っぽさに磨きがかかってないか。
「しかし……我が君がこんな可憐な姿に生まれ変わっていたなんて」
「はは、俺も驚いた」
「……今の我が君は、レッドグレイヴ公爵家の四女という認識で間違いないですか?」
「ああ、そうだ。魔力なしのイーディスだ」
問いかけられ、俺は肩を竦めながら返事をする。
するとローレンスの眉根がきゅっと寄せられ、険しい表情になった。
「……ご家族に虐げられているという噂の、イーディス嬢ですよね」
「まぁ、間違ってはいないかな」
「──速やかに、やつらを始末して参ります」
「待て待て待て待て待て」
ローレンスが部屋を出て行こうとするので、服の裾を引っ張り引き止める。
彼は不服そうな顔をしながらも、一応は思い留まってくれたようだった。
「我が君。貴方──貴女の現状を教えていただけませんか?」
「聞いても、公爵家の者たちに悪さをしないか?」
俺の現状を正確に知ったら、忠臣であるローレンスは暴れ出しかねない。
いや、暴れ出すだろうな。さっきの様子を見てそう確信した。
「悪さはしませんよ。正当なる復讐はするかもしれませんが」
「……正当なる復讐もダメだ」
「えええ……ダメですか?」
俺がそう言い含めると、ローレンスは心から不服だという顔になった。




