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「国を治めているのが獅子王陛下であれば、わたくしだってこんなことは言わないわ」
リアナが唇を噛み締めながら、そんなことをつぶやく。
リアナの言葉に驚いた俺は、咀嚼が足りていない肉をごくんと飲み下し喉に詰まらせそうになってしまい胸をどんどんと拳で叩いた。
「……たしかに。幼い頃に会った獅子王陛下は素晴らしい人だった」
ディリアンもリアナの言葉に同意を示す。獅子王と会った時のことを思い返しているのか、その表情は恍惚としたものだ。
「ほんと、抱かれてもいいくらいに素敵な方だったわ。お兄様と同じく出会った時は子どもだったけれど……子宮のあたりがきゅんと疼くのを感じたもの」
メリアンもそうつぶやき、ほうとため息をつく。
「数百年に一度の魔力の持ち主……お会いしてみたかった」
エイプリルは自身の頬に手を添え、夢見る少女のような表情になった。
幼い頃の兄姉たち……少なくともディリアンとメリアンに、俺は会ったことがあるらしい。
あの頃の俺は忙殺されている身だったので、その記憶が遠い彼方で少しばかり申し訳ないな。
しかし、メリアンの発言はどうかと思うぞ! 危ういことを言うのはやめろ!
家族はさらに口々に『獅子王陛下』のことを褒め称える。
その会話を聞きながら、俺は浮かない気持ちになった。
──獅子王は、過大評価をされすぎなのではないか。
俺は流されるままに王になり、頑ななものになってしまった実兄の心を解きほぐすことができずに憎まれ……殺されたような男だ。
『できた』人間だとは、俺にはまったく思えなかった。
『獅子王』が転生した存在であるイーディスを虐げていると知れば、公爵家の面々はどう感じるのだろう。
俺は詮無きことを思いながら、肉の最後のひと欠片を飲み込んだ。
*
食事が終わり部屋に帰った俺は、浄化魔法を使ってリアナにかけられたワインの痕跡を消してから長椅子に腰を下ろす。そして、深い溜め息をついた。
レッドグレイヴ公爵家の面々は、心の底から獅子王陛下を敬愛しているらしい。
魔力量を特に重要視するレッドグレイヴ公爵家の人々だから、それも当然か。
数百年に一度の魔力量の持ち主なんてものは、彼らにとっての『神』なのかもしれない。
──俺が獅子王の生まれ変わりで、前世の魔力を引き継いでいると知られたら。
下手をすれば、俺を旗印に王位簒奪なんてことを言い出すんじゃないだろうか。
それを想像し、背筋がぞっと寒くなる。家族から感じた熱量は、それほどのものだったのだ。
兄上とふたたび対立するなんて、俺はごめんだぞ。
「はぁ。いつここから逃げられるかなぁ」
「我が君。ここからお逃げになるおつもりなのですか?」
「んー。逃げたいけど、イーディスの体力だとまだまだ逃げるのは厳しいからなぁ。所持金とかも心もとないし……って」
ひとりのはずの部屋に突如響いた、誰かの声。
その声の方へ慌てて視線を向けると──開け放たれた窓の側に赤髪の美青年が立っていた。




