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食堂に着くと、家族は皆勢揃いしていた。
メイドももっと早く呼びにくればいいのに……と最初は思ったが、皆より遅く連れて行かれるのは俺への嫌味を言いたい家族の誰かの指示なのだろうと今では理解している。たぶん、リアナの指示かな。そうに違いない。
「イーディス。今日も遅い登場とは、いい身分だな」
兄──ディリアン・レッドグレイヴが、背筋をまっすぐに伸ばしてこちらを睨めつける。
ディリアンは銀の長い髪を三つ編みにして背中に垂らしている、神経質そうな美形だ。彼は銀のフレームの眼鏡をかけており、レンズの奥に見える青い瞳はいつも苛立ちを湛えている。
彼は長男だけれど、跡継ぎには決まっていない。
他家は男子への跡目の継承がほとんどなのだが、レッドグレイヴ公爵家はあくまで実力主義だからだ。
──魔力と魔法の技量に優れた者が、レッドグレイヴ公爵家の跡継ぎになれる。
兄姉たちは跡目を争うライバル同士で、日々魔法の鍛錬に励んでいる。
現在のところ跡目に近いのは三女のリアナだと言われており、彼はそのことを気に病んでいて日々精神をすり減らしている。
そしてその苛立ちを──時折イーディスにぶつけていた。
まぁ、ディリアンの暴力は姉たちと比べると可愛いものなのだが。たまに頬を張られるくらいである。
男に本気の暴力を振るわれていたら生きていられたか正直怪しいので、そこは感謝だな。
「遅れてしまいまして、申し訳ありません」
俺は深々と礼をしながら、謝罪する。するとディリアンはふんと小さく鼻を鳴らした。
「そりゃあいい身分でしょう、お兄様。だって、イーディスは王子殿下の婚約者なんですもの」
そんなことを言ったのは、長女であるメリアン・レッドグレイヴだ。
青に近い銀の髪を持つメリアンは、怪しい妖艶さを持つ美女である。
メリアンはいわゆる『放蕩娘』で、魔法の才はあるものの勤勉ではない。
自由奔放に美男たちを侍らせている……なんてことも、メイドたちの噂話で聞いたな。
メリアンはリアナと同じくサディストで、時々俺をいたぶりに来る。
俺をいたぶる時のメリアンは非常に楽しそうな顔をしており、邪推でなければ……俺の虐待をする時に性的な興奮を覚えているように見えた。
侍らせている美男たちにも、同じことをしているのかもしれないな。
いたぶられて喜ぶ種類の人間も世にはいるらしいが、俺はそうではないので勘弁してほしい。
「嫌われ者の豚王子の婚約者だけどね。よかったわね、イーディス。豚王子に気に入ってもらえたようで」
くすくすと楽しそうに笑うのは、三女リアナだ。
豚王子なんて、エドゥアール殿下に失礼だと思うぞ。
彼はそれほど、悪い子ではないと思うんだけどなぁ。
前世の俺の立場からすると甥のようなものだから、贔屓目も入っているのかな。
「……リアナ、さすがにそれは失礼」
ぽつりとつぶやいたのは、二女のエイプリル・レッドグレイヴである。
彼女は長い前髪で目を隠した……ミステリアスというか、よくわからない姉だ。
エイプリルは銀髪を黒に染めており、黒いドレスばかり身に着けている。概ね部屋に引き籠もっているせいか肌は抜けるように白い。
メリアンとリアナと違って、積極的に俺を傷つけには来ないのだが……。
エイプリルは呪術系の魔法が得意で、時々俺を実験台にするのだ。
一晩中溺れるような苦しさを味わわされた時には、本当に死ぬかと思った。
無感情に淡々と死ぬ寸前まで俺を追い詰めるエイプリルは、一番の脅威かもしれない。
父と母はそんなご挨拶もなく、俺を無視して食事をはじめる。
……これが俺の素敵な家族たちだ。




