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「イーディス嬢!」
エドゥアール殿下は深呼吸をすると、俺の手をぎゅっと握る。
すっごいもちもちだ。少年というよりも赤ちゃんみたいな手だな!
「……王都に来るつもりはないか?」
殿下は俺をまっすぐに見つめてそんなことを言う。
彼の意図が汲み取れずに、俺は首を傾げた。
「王都に、ですか?」
「ああ。僕と王都に来れば、その。レッドグレイヴ公爵家のやつらの折檻から守ってやれる。婚約者を『気に入った』と言って王都へ連れて帰っても、別に不自然ではないだろう! お前のやりたいことも王都で探せばいい! 王都にはいろいろなものがあるぞ!」
ああ、なるほど。エドゥアール殿下は、俺を守ってくれようとしてくれているのか。
彼の優しさは嬉しいが。……これは、少々短絡的な考えだ。
「権謀術数が飛び交う王都は私にとって、レッドグレイヴ公爵家よりも危ない場所だと思いますよ。エドゥアール殿下」
「え……」
「殿下は第五王子というお立場だ。その貴方が魔力なしとはいえ、レッドグレイヴ公爵家の娘と縁を結ぶ。それを面白く思わないご兄弟はいるはずです。例えば、この婚約により貴方との立場が『ひっくり返る』微妙な立場のご兄弟とか」
「……あ」
思い当たる人物がいたのだろう。エドゥアール殿下の顔色が青くなる。
「正しいものを正しい場所へ。そう考えた者たちのやることは、俺の暗殺でしょう」
「護衛はちゃんとつける。それに、いざとなればお前は暗殺者くらい──」
「魔法や物理なら対処できるかもそれません。しかし、どれだけ膨大な魔力を持とうとも毒でも盛られたら終わりです」
強い毒を盛られると、回復魔法なんて使う暇がない。前世の俺のように、あっさりと殺されてしまうだろう。
……毒に関しては、いずれ対策したいな。また毒殺されるのは、正直ごめんだ。
「レッドグレイヴ公爵家の者たちは魔力なしだと嘲ることはあっても、俺を殺すようなことはしない。だからこちらの方が、安全なのです」
俺が話をそう締めると、エドゥアール殿下は力なく俯いた。
「……僕は無知で無力だな」
そして、肩を落として絞り出すように言う。
「エドゥアール殿下……」
慰めの言葉をかけようとした時。エドゥアール殿下は顔を上げた。その瞳には、燃えるような決意が宿っている。
それがどのような決意なのかわからず、俺は首を傾げてしまう。
「僕は変わる。絶対に変わる。だから、僕がちゃんと変われたその時には……」
エドゥアール殿下は一度深呼吸をしてから、言葉を続けた。
「お前の将来のやりたいことを、僕を隣で支えることにしてほしい!」
「それは、無理ですよ」
「なっ……!」
勢いよく言われて、俺は即答してしまう。
するとエドゥアール殿下は、大層ショックを受けたお顔になった。
いや、だって。準備ができたら俺はこの家から逃げてしまうつもりだし。どこかの誰かの嫁になるつもりなんて、今のところないのだから。
「いや、ほら。俺ってお嫁さんって柄じゃないでしょう? どっちかというと、冒険とかしたいなーって」
「じゃあその冒険に、僕も連れて行け!」
「ええええ。なんでですか、王族を連れ歩くなんて無理ですよ」
口から出任せで言ったことに必死に食らいつかれて、俺は困惑する。
……いや、冒険に出るのは悪くないな。想像すると楽しそうだ。
エドゥアール殿下は泣きそうな顔になると──。
「お前のことが好きだから、側にいたいんだよ! わかれ!」
なんとも衝撃が走ることを、告げたのだった。
俺は一体いつ、いたいけな少年の心を奪ってしまったんだ!?
「というかお前は僕の婚約者になったんだぞ! なぜ冒険などしようとするんだ!」
「そ、それを言われると……っ」
耳に痛いことを言われて、俺はたじろいでしまう。
エドゥアール殿下は涙目で、俺をキッと睨んだ。
「くそっ! 絶対に絶対に、いい男になって惚れさせてやる!」
「……じゃあひとまず、体重を半分くらいにしましょうか」
たぶん健康のためにそれくらい減らした方がいい。
ついつい、そんなつもりで言ってしまう。
「ぐぬっ! そ、それくらいやれる! やるぞ!」
エドゥアール殿下はそう言うと、天に向かうまでぷにぷにの拳を突き上げる。
……俺を惚れさせるうんぬんは置いておいて、健康になるのはいいことだな。
婚約者殿は「覚えてろよ!」と叫びつつ、馬車に揺られて帰って行った。
……次に会う時には、健康体重になっているといいな。
そこに関しては心の底から応援している。




