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「ですが最近、自分に魔力があることを自覚しまして」
「ならばなぜ、魔力があることをレッドグレイヴ公爵夫妻に言わない?」
エドゥアール殿下はそう言うと、眉を顰める。
まぁ、それは疑問に思うよなぁ……。
「俺の持っている魔力は、かなり大きなものです。知られれば、公爵夫妻は俺のことを利用しようとするでしょう。そんなのは御免被りたい。兄姉たちとの揉め事にも繋がりますしね。今さら、公爵家の面倒くさい内ゲバになんて関わりたくないです」
「ふむ。なるほど……な」
エドゥアール殿下は、ぷにぷにの顎を指先で揉みながら思案する。
これは彼の癖なのだろうか。たぷたぷしていて、ちょっと気持ちよさそうだ。
殿下は長いまつ毛を伏せながら、少し躊躇う様子を見せる。
しかし覚悟を決めたように、こちらに視線を向けてから口を開いた。
「お前の体に傷をつけたのは、レッドグレイヴ公爵家の者たちか?」
エドゥアール殿下は、俺の体にある傷に気づいていたのか。
出会った時に着ていたぼろぼろの服だと、傷が見えても仕方ないか。ちなみに、今俺が着ているのは首まで布地で覆われた露出度が非常に低いドレスだ。淑女らしい格好を……というのもあるだろうが、傷を隠す意味もあるのだろうな。
……体が傷だらけの娘を嫁に出そうなんて、公爵家は図々しいというかなんというか。ふつうなら王家の怒りを買うぞ。
「まぁ、そうですね。魔力なしの扱いなんてそんなものでしょう。めずらしくないことです」
隠してもバレることなので、俺は素直にそう答える。
「そうか、そんな生い立ちだから……。教育をきちんと受けられず、男のような珍妙な言葉使いになったのか」
エドゥアール殿下はぶつぶつとつぶやく。殿下、お言葉ですがこの言葉使いは前世由縁です。
「いずれ、その力で公爵家に復讐でもするのか?」
「いいえ。そんな面倒くさいことは考えておりませんよ」
「……できる力が、あるのにか?」
「エドゥアール殿下、買い被りすぎですよ」
不思議そうな顔で言われて、俺は苦笑する。
レッドグレイヴ公爵家の面々は、非常に強力な力を持っている。
いくら俺の魔力が膨大だからといって、多対一では確実に負けるだろう。俺はまだまだ、本調子ではないしな。それに……。
イーディスへのこの扱いは決して褒められたものではないが、名門貴族の魔力なしへの対応としては理解できる範疇のものだ
復讐するほどの怒りは……正直湧かないんだよなぁ。
「俺の願いはひとつだけです。自分のやりたいことに邁進することです。それ以外は望んでおりません」
「……やりたい、こと」
「はい。まぁ、やりたいことは今から探すんですけどね」
元気に言いつつ笑ってみせると、エドゥアール殿下の顔はぼっと赤くなった。
ん? ……どうして、赤くなるんだ?




