とある従者の独白
──我が君が、死んだ。
平民である私の魔法の才をひと目で見抜き、拾って側に置いてくださったあの方が。
病死だとそう知らされたが、そんなわけがない。
ローワン陛下とは、つい数時間前までふつうに喋っていたのだから。
「ローレンス、何度言ったらわかる。あれは病死だ」
ローワン陛下の兄──王兄デレック殿下はそう言うと、口角を少し上げる。
その愉悦に満ちた表情を目にして、私は確信した。
ローワン陛下を殺したのは、この男だ。
「納得ができません」
「弟の腹心とはいえ……平民ごときがこれ以上私に楯突くな。私はこれから、即位の準備で忙しいのだ」
今すぐに殺してやりたいと、心の底から思った。
そしてその考えをすぐさま実行しようと、私は後ろ手に隠した手に魔力を集めた。
しかし……。
『兄上は……本当は優しい人なんだ』
寂しそうに笑う我が君の笑顔が脳裏を過り、私は発動しかけた魔法を放つことができなかったのである。
憎まれていようとも、ローワン陛下はデレック殿下を家族として大事に思っていた。
我が君が慕っていた相手のことを手にかけることが……私にはできなかったのだ。
それからの私は──。
我が君が成そうとしていたことを成すため、国中を飛び回った。
──ローレンス、魔物の討伐隊の整備をもっとせねばな。
──ローレンス、隣国との諍いに関してのことだが。
──ローレンス、アイリオ地方の治水の件だが……。
我が君が話していたことを思い返しながら、問題の解決に奔走する。
獅子王陛下の腹心がやることに皆は関心を寄せてくださり、平民であるのにも拘わらずさまざまなことができたと思う。
そうしているうちに、私は『子爵』の地位を得ていた。
我が君の面影を追っての私の行いは、デレック陛下にとっても都合がよいことだったのだ。
反逆の意思も見られないので、地位を与えて国のためにさらに働かせようという魂胆なのだろう。
そして、十六年の月日が経ち。
獅子王陛下という光を失ったこの国は、どんどん腐敗していった。
私はそれを、指を咥えて見ていることしかできない。
我が君、どうしていなくなってしまったのですか。
私は……これからなにをすればいいのです。
屋敷のバルコニーから星を見上げてそんなことを考えていた時。
獅子王陛下の魔力の気配が、五感を揺らした。
それを感じたのは一瞬のことだったが、確実に我が君の魔力だった。私にはわかる。
「我が君……この世界のどこかに、いらっしゃるのですね」
実は生きていたのか、はたまた生まれ変わりなのか。それはわからないが。
涙が溢れ、頬を濡らしていく。
──我が君を探そう。
ふたたび会えたら再会を喜び、また私を貴方の側に置いていただくのだ。
そしてまた貴方の治世を見たいと……私は心より願っている。




