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イーディス・レッドグレイヴは、由緒あるレッドグレイヴ公爵家の末っ子だ。
イーディスの上には兄が一人と姉が三人いる。
レッドグレイヴ公爵家の者たちは代々強い魔力の持ち主で、一族は国の重要な地位に重用され、優れた魔術師の中でも一握りしか就けない王宮魔術師も数多く輩出していた。
そんな一族に、『魔力なし』のイーディスが生まれてしまったのだ。
それは、忘れもしない八歳の魔力鑑定の儀の日。
この日まで……イーディスは幸せだった。
家族に蝶よ花よと愛され、公爵家の令嬢として周囲からも宝玉のように大事に扱われていたのだ。
イーディスは素直な優しい性格で、『令嬢』という生き物にありがちな高慢さを欠片も持ち合わせていなかった。
しかしながらノブレス・オブリージュを忘れない、貴族としての正しいプライドは身につけていた。
美しい見目と洗練された立ち居振る舞いとも相まって、イーディスは本当に非の打ち所がない令嬢だったのだ。
魔力は八歳頃に開花する。なので魔力鑑定は八歳の誕生日にと、すべての貴族に義務づけられていた。
なぜ鑑定が貴族限定なのかというと、平民が強い魔力を持つことは非常に稀だからだ。
……稀とはいえ強い魔力を持つ者が生まれないわけではないので、国民全員に鑑定を義務づけるべきだと俺は思っていたんだけどなぁ。
獅子王だった頃の俺の腹心も、元平民だったが強い魔力の持ち主だった。
……彼は、今なにをしているのだろう。
そんなことを、ふと思う。
俺の死は『病死』と発表され、今は兄上が国を治めているらしい。
イーディスの記憶にある今の歴史書には、そう書いてあった。
彼は兄上に仕えているのだろうか。……無事に過ごしているといいな。
──それはともかくだ。
魔力鑑定の日のイーディスは白のドレスで愛らしく着飾り、胸を躍らせながら使用人と護衛とともに教会へ向かっていた。
『見ろ、イーディス嬢だ』
『レッドグレイヴ公爵家のご令嬢か。きっと優れた魔力をお持ちなのだろうな』
『……幼いながらも、美しいな。将来が待ち望まれるな』
馬車から降りたイーディスに、その場に居合わせた神官や貴族たちからの称賛の声が向けられる。
しかし……。
『……どうして。どうしてオーブが反応しないの?』
教会の最奥にある、魔力鑑定のオーブ。それに触れたイーディスは悲鳴のような声を上げた。
本来ならば触れると魔力量を知らせてくれるはずのそれが、イーディスが触れた時にはなんの反応もしなかったのだ。
『まさか、魔力なしとは』
神官たちは動揺をしながら、哀れみと蔑みが混じった目でイーディスを見た。
それはイーディスが、八年の短い人生の中で一度も向けられたことのない目だった。
その日から、イーディスの日々は一変した。
イーディスは令嬢に相応しくない狭い部屋に軟禁されて満足な衣食住も与えられず、家族に顧みられることなく使用人たちにすら虐げられながら過ごすことになったのである。
そして……八年という少女の柔らかな心を折るにはじゅうぶんな月日が経過してしまった。
イーディスが耐えられなくなったから、前世の俺が表層に出たのかもしれないな。
しかし……。
「この体、本当に魔力がないのか?」
少女の華奢な手を見つめながら、俺はそんなことをぽつりとつぶやいた。