第五王子の初恋2
「うわっ! お前! もっとゆっくり走れ! この馬鹿馬!」
平素馬車ばかりに乗っているので乗馬には慣れていない僕は、四苦八苦しながら白馬を操った。
白馬は僕を小馬鹿にするように『ヒヒン』と小さく嘶き、渋々という様子で足をゆっくりと動かす。
くそ、馬まで僕を馬鹿にして……っ!
まぁいい。獅子王陛下のように、絶対に功を立ててやるからな!
──僕が向かっているのは、領都近くの森だ。
王宮にある獅子王ローワンの手記。禁書庫にあるそれを、僕は時折盗み見に行っていた。
獅子王陛下は……僕の憧れの人だ。
太陽のような色の金色の髪と炎のような赤い目の、絶世の美貌の王。
その魔力量は歴代の王族の中でも最強とされ、魔法を操る技術も熟練の域を遥かに越えていた。……らしい。
僕が生まれる前に彼は亡くなってしまったから、残念ながらお会いすることができなかったが。
父上は、獅子王陛下のことをまったく話さない。
それどころか彼の存在を忘れようとしている節さえある。
父上は……魔力量だけではなく、政務力、魔法の腕、剣術の腕。そのどれもが獅子王陛下には敵わなかったそうだ。
そのせいか二人の仲はあまりよくなかったと、じいやが悲しそうに言っていた。
伝説のように語られる王が弟だったのだ。今の僕の比ではないくらいに、比較され周囲に哀れまれていたのだろう。
獅子王陛下の死は、父上にとっては『僥倖』だったのだろうか。
獅子王陛下が憎かったから……父上は彼に関する書物を禁書庫に押し込んでしまったのだろうか。
そんな詮無きことを考えながら馬を走らせているうちに、いつの間にか森の近くまでたどり着いていた。
さっさと何匹か魔物を狩って、まずはあの護衛騎士の鼻を明かしてやる。
ふふんと鼻を鳴らし、木に馬を繋いでから森の中に足を踏み入れる。
森は暗く木立が風で揺れる音がとても不気味で、僕はぶるりと身を震わせた。
いやいや、怖気づいている場合ではないな。
ぶんぶんと首を横に振り、恐怖を振り払う。
そして、森の奥へ足を進めていたのだが──。
『ギャアアア。ギャアアア──』
「ひっ!」
怪鳥の声が、唐突に響いた。
同時に、小型の鳥の魔物がこちらに向かって飛来してくるのが確認できた。
「う、うわっ」
僕は慌てて、腰の剣を抜き放つ。
そして向かってきた魔物に向けて、『えい』と教師に習ったとおりの突きを繰り出した。
しかしそれは、ひらりと躱されてしまう。
「くっ、くそ。当たれ! 当たれよ!」
ぶんぶんと何度も剣を振るが、それは虚しく空を斬るだけだ。
──どうして、忘れていたんだろう。
自分が『王家の出来損ない』であることを。
嫌だ、嫌だ。怖い、怖い、怖い、怖い。
恐怖に駆られてさらに剣を振っているうちに、息が切れ、腕が疲労で重くなる。
ああ、どうしよう。そうだ、魔法を。魔法を使おう。
『ギャーッ、ギャーッ』
ひとまず炎の魔法を使おうと、詠唱をしようとした時──。
「ひっ……!」
魔物の数がいつの間にか増えていることに僕は気づいた。
囲まれている。こんなの、切り抜けられるのか?
──こんなところで、死にたくない。
「た、助けて……っ!」
僕の口から零れたのは、そんな情けない悲鳴だった。