第五王子の初恋1
僕の名はエドゥアール・ド・ドルレアン。ウィンウッド王国の第五王子だ。
今は婚約者となる女と会うために、レッドグレイヴ公爵領に来ている。
僕の婚約者となる女は……レッドグレイヴ公爵家の末っ子で『魔力なし』らしい。
そんな女を僕に押しつけようとするなんて、レッドグレイヴ公爵家はなにを考えているのだろう。
その話を聞いた時。僕は怒り、自室のものを滅茶苦茶にした。そして、父上にこの婚約は納得できないと直訴したのだが──。
『出来損ない同士、ちょうどいいではないか。それにレッドグレイヴ公爵家との縁ができるのだから、悪い話ではない』
父上は関心など一切なさそうにそう言い放った。
──出来損ない。
その言葉がぐさりと胸に深く刺さる。
僕は魔力量はそこそこあるけれど、魔法を使うのが下手だ。勉学も得意とは言えない。剣術だって苦手だ。
容姿も……少しばかり『大きく』なりすぎてしまった。
母上の家は子爵家で、後ろ盾なんてものもない。
その母上は父上の訪いを期待しながら着飾ることにしか興味がなく、僕のことはちっとも見ようとしないのだ。
性格も周囲に『よくはない』と思われていることはわかっている。だけど仕方がないだろう。僕を怒らせる皆が悪いんだ。
たくさんいる僕よりも出来がいい兄弟姉妹には馬鹿にされ、王族たちの集まりではただただ小さくなっているしかない。
毎日が不満だらけで、どうしていいのかわからず……つまりは八方塞がりだった。
そんなところに突然突きつけられたのが──この理不尽な婚約だ。
レッドグレイヴ公爵家の領都に行く僕につけられたのは、護衛一人とじいやだけだった。
僕は第五とはいえ、王子なんだぞ。こんなの……あんまりじゃないか!
──前王である獅子王陛下が亡くなってから。
大きな魔力量を持つレッドグレイヴ公爵家の者たちは、国内での権勢を強めていった。そう、教師に聞いている。
今の王族には、レッドグレイヴ公爵家の者たちほどの魔力量を持つ者がいない。
魔力量が『格』と『評価』に繋がるこの国で、それは致命的なことだったのだ。
だから僕が、『魔力なし』なんかに会うためにわざわざレッドグレイヴ公爵家に向かうことになったのである。
レッドグレイヴ公爵領に着いた僕は、しばらくの間のんびり過ごすことになった。
これは、旅慣れしていない僕に対するじいやの配慮だ。
公爵領に着いたばかりの僕は、馬車酔いと疲労でへろへろだったからな……。
数日食っちゃ寝で過ごして英気を養い、婚約者とやらとの対面を一週間後に控えたその日。
僕は聞いてしまった。
『レッドグレイヴ公爵家の娘との婚約は、落としどころとしてはいいんじゃないか? 殿下が役立てるのは、政略結婚くらいしかないだろう』
『しっ。滅多なことを言うんじゃありません!』
『じいさんは、あの王子を甘やかしすぎなんだよ』
『……殿下は可哀想な方なのです』
僕のことを悪しざまに話す護衛騎士。それを窘めつつ僕を哀れむじいや。その二人の会話を。
──腸が煮えくり返った。
皆が、皆が。僕のことを無価値だと思っている。
どうすれば、僕の価値を皆に示せる? どうすれば──。
「……そうだ」
──獅子王陛下のように。
武功を立てれば、皆が僕を認めるのではないだろうか。
あとから思えば、それは無茶な考えだった。
だって僕は……なにをやっても並以下な『出来損ない』なのだから。
だけどその時は衝動に突き動かされていた僕は、護衛とじいやの目を盗んで宿を抜け出したのだった。