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さて、これはどうしたものか。
助けを求める声を聞かなかったフリをして見捨ててしまうのは……後味が悪いよなぁ。
それに、あの白馬の持ち主が公爵家の客だったりしたら困るんだよな。
大事な客人が領地で死んだなんてことになれば、面倒な問題に発展しかねない。
そんなことになれば、兄姉は絶対に俺にストレスをぶつけるだろう。それは勘弁してほしい。
「ああ、もう!」
俺はしばらく悩んだのちに、声の方へと駆け出した。
「ひぃいいいっ! 来るな! 来るなぁ!」
すると少し開けた場所で、見事な肥満体の少年が魔物たちに向けてぶんぶんと剣を振っているのを発見した。
少年は金髪碧眼で、高位貴族しか身に着けられないだろう豪奢な衣服を身に着けている。どこの家の令息なんだろうな。
魔物の数は十体ほどか。 狐の魔物、狼の魔物、小さな飛竜の魔物──さっきの熊と比べれば皆雑魚だな。
どう倒すかと思案していると、少年とばちりと視線が絡み合う。
彼は一瞬放心したあとに、口を開いた。
「そこのお前! 僕を逃がすための囮になれ!」
少年の口から飛び出したのは、なんとも卑怯で最低な言葉だった。
まぁ、イーディスはどう見ても魔物を狩れるような見た目じゃないもんな……。囮にしか使えないと判断するのは、ある意味正しい。
しかし、最低だ。
ため息をつきながら、魔物と少年の方へ足を踏み出す。すると少年は俺が素直に言うことを聞くと思ったのか、安堵の表情になった。
魔物たちが……闖入者である俺をぎょろりと睨む。
「……行け」
やつらに襲いかかられる前に一声発すると、影から針が飛び出し魔物たちを串刺しにした。
「ひっ、ひぃいいい!?」
少年はその光景を目にして、情けない声を上げながら後ずさる。
初撃ではすべての魔物を落とせず、俺は小さく舌打ちをした。
生き残った魔物たちは、怒りに燃える目でこちらを見ている。
……一斉に襲いかかられると、イーディスの肉体では対処が難しいだろう。
とっとと片をつけてしまうか。
「雷鳴!」
片手を上げ、中位魔法である『雷鳴』を行使する。
中位といえど攻撃魔法は術式が単純なので、体力をあまり消耗せずに発動できると踏んだのだ。
影の魔法より威力があるので、これですべての魔物を落とせるはず──。
「──ッ」
隠蔽魔法を行使した時に似た、不快な頭痛がずきりと走る。
しかしこれくらいなら、耐えられる。
──ドォオオオオオオオン!
眩しい雷光が迸り、落雷が残りの魔物たちと周囲の木々を焼く。
そしてその場に立っているのは……少年と俺だけになった。
少年の方を見れば、彼のズボンの前はじわっと濡れてしまっている。
……これは、見ないフリをした方がいいのかな。