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──喉が焼ける。
強い殺意を感じさせる猛毒が治癒魔法を使うよりも早く体を蝕み、死に導いていく。
油断した。今の国内外の情勢を考えれば暗殺まではすまいと……兄上の俺への憎しみを見くびっていた。
「獅子王とて毒には勝てぬか。──さらばだ、弟よ」
兄上が愉悦の表情を浮かべながら、別れの言葉を紡ぐ。
こんなにも楽しそうな兄上の顔を見るのは、はじめてかもしれない。
「……兄上」
言葉と一緒に、信じられない量の血が口から溢れる。口中に広がる鉄の味が不快で、俺は眉を顰めた。
──そんなに俺が憎かったのか。
その言葉は唇から零れることなく、俺は冷たい床に膝から崩れ落ちた。
これが最強の魔術師であり、大陸一の大国ウィンウッドを統治していた『獅子王ローワン』の最期だった。
*
──そんなことも、あったなぁ。
前世の記憶を『今』思い出した俺は、鉄格子が嵌まった窓から青空を眺めながらそんなことを思う。
前世の俺が殺されてから、早十六年ほど。俺は死んですぐに……ウィンウッド王国のとある貴族家の令嬢に生まれ変わったようだ。
転生というのは、物語の絵空事ではなかったのだな。
現世の俺の名前は『イーディス・レッドグレイヴ』。
レッドグレイヴ公爵家の……『魔力なし』と忌み嫌われている末っ子だ。
この国では魔法とその原動力である魔力はとても重要なものである。特に魔力の量が、その人物の『格』と『評価』に繋がるとされていた。
前世の俺は数百年に一度生まれるかどうかの傑出した魔力量の持ち主で、魔法の行使の才にも秀でていた。
……だから周囲に流されるままに、兄を蹴落とし玉座に就くことになってしまったのだ。
そして現世では魔力なしに生まれ、家族にすら疎まれながら生きている。
座っていた長椅子から立ち上がり、ほこりを被った鏡の前に立つ。鏡には輝く銀色の髪と、木々を映した湖面のような蒼と緑が入り混じった色の瞳を持つ少女が映っていた。その顔立ちは、絶世と言っても差し支えがないくらいに美しいものだ。魔力なしでなければ、求婚者が相次いだことだろうな。
少女の体は折れそうに細く、衣服は明らかに薄汚れていてサイズはまったく合っていない。部屋を見回せばそれは使用人のものと見紛う狭いもので、家具はボロボロで掃除も行き届いていなかった。
……今の俺の立場を、象徴するような部屋だな。
「最強の魔術師であった獅子王から、魔力なしに生まれるとは。しかも生まれ落ちたのが、前世と同じウィンウッド王国とはな。……ふむ、これが因果というものか」
前世の記憶を思い出したゆえに、俺の口調は令嬢らしからぬものへと変化していた。明らかに……前世の人格の方が前に出てしまっているな。
虐げられて生きてきた少女の脆弱な人格は『獅子王』の人格と拮抗できず、消えゆくものとなってしまったのかもしれない。
現世の我が身となった少女の十六年ほどの人生を思い返す。
──イーディスの人生。
それは、苦難と苦痛に満ちたものだった。
TS、書きたくなっちゃったんです…。
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