若君と姫君
個人用とりかえばや物語
昔々、いつの頃かも忘れてしまったはるか前のことであった。あるところに、権大納言であり大将でもある男がいた。彼は人柄に恵まれ、何一つ不満のない、人並み以上の幸せを享受しているように見えた。しかし彼は人知れず、とても大きな悩みを抱えていたのだ。それは、彼の二人の子どもたちのことだった。
一人は男の子。元服前の彼の美しく長い髪は濡烏色で、白魚のような肌は、年相応にふっくらとしてしていて頬には桜が咲いている。思わずほぅ、と見惚れてしまうような可愛らしい顔立ちだった。
「あら?今誰かいらっしゃった?」
突然現れた見知らぬ女房に驚いて、人形遊びをやめ、若君は慌てて布団に隠れてしまった。人形遊びをしているのがバレたら「男らしくない」とまた父上に怒られてしまう。
「気のせいかしら…」
辺りをぐるりと見回して、やがて諦めたように去っていく女房を見て若君はほっとひと息ついてお気に入りの人形を取り出す。若君は内気で、少女のような遊びが大好きだった。
また、もう一人は女の子。こちらもまた、濡烏色の美しい髪を束ね、ふっくらとした白魚のような肌をしていた。若君とそれはそれは瓜二つで、並ぶと見分けがつかない程であった。しかし、性格は正反対。
「お待ちください…!お召し物が汚れてしまいます…!」
姫君はきゃっきゃっ、と笑いながら表に飛び出して、蹴鞠をしたり子ども用の小さな弓で遊んだり、と女房たちを困らせていた。姫君は活発で少年のような遊びが大好きだった。
まあそんな訳で、事情を知らない人々は二人を取り違えて、姫君を若君、若君を姫君だと勘違いしていたそうだ。二人の父の胃痛は治まらない。「とりかえたいなぁ…」と願う気持ちも虚しく、きょうだいはそのまま成人してしまった。女君、つまり姫君は男装をして侍従として活躍。そして男君、つまり若君は美貌の姫君として帝と皇太子から「入内してぇな」と懇願されるが、さすがに父は辞退した。が、帝の命を断れるはずもなく、結局男君は女として入内することになったのだ。
「ま、ええか!」
父は考えるのを止めた。