夜中の訪問者
毎週日曜日午後11時にショートショート1、2編投稿中。
Kindle Unlimitedでショートショート集を出版中(葉沢敬一で検索)
夜更け、僕はいつものようにパソコンの画面に向かっていた。心地よい静寂に包まれ、やっと落ち着いて作業できる時間だと思っていた矢先、突然インターホンが鳴った。こんな時間に訪問者?一瞬身を硬くしながらも、僕は不安を感じつつ玄関へ向かった。
ドアを開けると、そこに立っていたのは──サッキュバスの少女だった。いや、正確にはそう名乗った。長い赤い髪、まるで夜の闇を思わせる黒いボンデージドレス、そして猫のような瞳。僕はあまりにも唐突な状況に、目をしばたたかせた。
「こんばんは、私はサッキュバス。あなたの夢にお邪魔しようと思って来たの」と彼女はにっこり笑った。その笑顔はまさに甘い誘惑そのもので、僕の胸に微かな動揺が広がった。
「夢に…?」僕は訳が分からず、言葉を詰まらせた。
「そう、夢。だけどね、何か間違っちゃったみたいで」彼女は少し困ったように笑いながら頭を掻く。「ええと、本当はあなたの寝室で待機する予定だったんだけど、どういうわけか現実に出てきちゃったのよね」
そう言いながら、彼女はドアを押して家の中に入ってきた。僕が言葉を探している間に、彼女はリビングのソファに座り、まるでくつろぐかのように脚を組んだ。「まぁ、せっかくだから現実で楽しませてあげることにするわ」
「いやいや、ちょっと待って、何を楽しませるって?」僕は完全に混乱していた。まるで何事もなかったかのように振る舞う彼女に対して、僕はどうしても追いつけない。
彼女はいたずらっぽく目を細めた。「あら、あなたは男の人でしょう?普通はこういう状況を喜ぶものじゃないの?可愛いサッキュバスがわざわざ訪ねてきたんだから」
僕が戸惑っていると、彼女はすっと立ち上がり、僕に近づいてきた。彼女の顔が僕の目の前に迫る。「ねえ、どうしたの?怖がらないで。私はあなたを楽しませるために来たんだから」彼女の声は甘く、耳元で囁くようだった。僕の頬が熱くなるのを感じた。
彼女は僕の手を取り、柔らかく引っ張った。「さあ、せっかくだからもっと楽しみましょうよ。私をこんな風に無視するなんて、普通じゃないわよ?」その言葉に僕は少しだけ動揺したが、彼女の瞳はまっすぐで、逃げ場などないように思えた。
「じゃあ…せっかくだから、一緒に映画でも見る?」と僕は何とか提案した。彼女は驚いたように目を丸くしたが、すぐににんまりと笑った。「面白そうね。それならあなたの『夢』に付き合ってあげるわ」
リビングの照明を落とし、僕たちは並んで映画を見ることにした。隣でソファに座る彼女からは、ほんのりと甘い香りが漂い、その存在感が妙に現実味を帯びてきた。映画はホラーコメディで、僕たちは一緒に笑ったり、驚いたりした。彼女が怖がって僕の腕にしがみついてきたときは、さすがに胸が高鳴った。
「ほら、怖がらせちゃってごめんなさいね」と彼女は言いながら、さらに僕に寄り添った。その仕草はあまりにも自然で、僕は彼女が本当に現実に存在しているのか、夢なのか分からなくなってきた。
しかし、映画が終わると彼女はふと真面目な顔に戻り、僕に向かって言った。「ありがとう、楽しかった。でもそろそろ戻らないとね。私の役目はあくまで夢の中で人々を楽しませることだから」
僕は少し寂しさを感じたが、うなずいた。「そうか、そりゃ仕方ないよね。でも、また会えるのかな?」
彼女はいたずらっぽく微笑んだ。「さぁ、どうかしら?次に会うときは夢の中かもね。それに、現実でこんな風に会えるのは本当にまれなのよ」
彼女が立ち上がり、ドアの方へ向かう。僕はその背中に向かって言った。「じゃあ…夢でも現実でも、また僕の訪問者になってくれたら嬉しいな」
彼女は振り返り、軽くウィンクをした。「期待してて。あなたの夢、また覗きに行くから」
そして、彼女はふっと消えるように姿を消した。その瞬間、僕は本当に彼女が夢から来たのか現実だったのか、少し分からなくなった。
夜風がカーテンを揺らし、僕は思わず笑った。