Chapter6:リトルガールトリートメント(13)
「君たち、大丈夫か?」
ふらりと建物に入ってきたのは、ゲーム開始時、参加者に指示を出していたリーダーの若者だった。
「隣のブロックが済んだから、こっちに来たんだけど…」
「ねえ、ここ何か変じゃない?あんなに、リアルに燃えるものなの?すごく熱いし、煙がすごくて…」
私は藁をもすがる思いで彼に訴えた。
「確かに、焦げ臭いな……」
彼も、倉庫に入って、部屋の異様さに気付いたようだった。
そうこうしている間にも、炎は着実に燃え広がり、どす黒い煙が我々を取り囲み始めていた。
「まさか……これ、本物の火じゃないか?とにかく、部屋から出よう、何か手違いがあったのかもしれない!」
本物の火、やっぱり、そうよね?
私は青くなった。
「お嬢ちゃん、おいで」
彼は手前にいたレナの腕を取って外へと引き寄せた。途端、燃えた梁が物凄い轟音を響かせながら降ってきた。私は思わず頭を押さえながら後ろへ除け、目の前の光景を呆然と見ていた。
部屋の外へ辛うじて逃れ出た若者とレナと、私との間を隔てるように降ってきた燃え盛る梁。閉じ込められてしまった。
「キール……!!」
叫び声を上げるレナ。
後ろを振り返ってもそこには炎が迫っている。
「ダメだ、お嬢ちゃん、危ない、行こう!助けを呼びに行くんだ。」
私は煙に巻かれ、口を覆ってうずくまりながらも、頭では冷静に状況を分析していた。
テーマパークのアトラクションで、“手違い”で火が出た?
この男、なんで一人で今このタイミングでこのブロックに来たんだ?
なかなか見つからなかった火種。このタイミングで現れた男。的確過ぎた指示。そもそも、私とレナをこのブロックに割り当てたのはこの男だ。
「待ちなさい……っ!!」
私は意を決して燃え盛る梁を思い切り飛び越えた。せっかくレナが準備してくれたハイセンスなワンピースが黒こげになってしまう。
「ちっ、しつこい女だな」
勢い余ってレナと男の足元に転がった私に向かって、男は吐き捨てるように言った。
「レナーテ・ラプランド様がどうなっても構わないのか?」
男はレナを盾にして私と対峙した。
やはりこいつ、レナが狙いか。
「キール!!燃えちゃう!」
レナが私を見て泣き叫ぶように言った。それで私も、自分がどれだけヤバい状態か分かった。
「はっ……、ほっといても勝手に焼け死ぬか」
笑い飛ばすように男は言って、レナを連れて逃げ出そうとした。
「焼け死ぬ前に、レナは助けるわ。」
半分焼けかけた姿で体勢を整え直した私は腰から銃を取り、銃口を男に向けた。
ドン……っ
「そんなふらふらの状態で打った弾があたるかよ」
男は私のマジックを易々と避け、懐から銃を取り出した。
発砲する。私はとっさに体をひねり、銃弾から逃れようとした。
「やめて!」
「え……?」
炎の唸る音の狭間から、レナの声がいやに近くに聞こえた。
男は私に向かってマジックの弾を発砲した。
しかしその弾は私の目の前で粉々に砕け散った。
「うそ……」
思わず目を閉じた私が、次に目を開いたとき、目の前では信じられない光景が展開されていた。
それは、うっとりする程に美しい現象だった。粉々に砕け散ったマジックの弾はキラキラと輝き、結晶化しながら部屋の中のあらゆるものに付着していった。
燃え盛る梁も、木箱の残骸も、書類も壁も、床も、結晶が張り付いた部分から作用していくように、パキパキと乾いた音を立てながら白く、真っ白になっていった。すべてが白に。石灰の粉のような、純白に。
私の体も、レナを捕まえたまま、間抜けに口を開きっぱなしにした男も、すべて。
「大丈夫か……!?」
仲間の声に私ははっとした。
私達を見守ってくれていたアヴェンジャーたちだ。
「あなたたち……」
部屋に入ってきた二人も、その場に立ち尽くし、 目の前のあまりに異様な光景に絶句していた。
正常なのはレナだけだった。
部屋の色彩はレナの身体のみを残して全て消え去っていた。私に銃口を向けた男も、そのままの姿で頭のてっぺんからつま先まで白く塗りつぶされている。真っ白だ。私の指も、爪も、腕も、黒く焦げたはずのワンピースも。
「これが超魔法か……」
アヴェンジャーの男の一人がうめくように言った 。
「”超魔法“……?」
「ああ。凄い力だ。レナ・ラプランドの力ですよ。」
たしかに部屋が巨大な魔力に満たされていることは、私にも体感出来た。魔力感知能力の低い私でさえも体感出来るほどの圧倒的な力だった。
「しかしネルスターさんもむちゃくちゃなことをする。俺たちが封鎖してたからいいものの、こんなの、一般人に見られたら大変なことになるぞ」
「ネルスター?どういうこと?」
理解の範疇を超える出来事に畳みかけられて、私は全身純白な姿で馬鹿みたいにただ首を傾げるばかりだった。