Chapter1:プロナの大迷宮(4)
さらにまたしばらく迷路を彷徨った後だった。
「あ、また!」
今度ははっきり、通路の突き当たり、T字路になった道を左から右へぼぉっと、滑るようななめらかさでゆっくりと通り過ぎる影を見つけて指を差した。
「…ほんとだ、追いかけるぞ!」
今度はネルも分かったらしく、すばやく走り出し、ティナと私を追い越してT字路を右へ曲がって追いかける。
私もその後ろを追いかけた。
しかし、途端に私は、体に異常な疲労感を覚えた。
息が切れる。…私、こんなに体力なかったっけ?
情けなく思いながらも、必死で手足を動かし、ネルスターの後を追った。
前を行くネルが突然立ち止まる。
「そんな…」
行き止まりだった。
「今、確かにこっちへ行ったよな。」
こくん。私は黙ってうなづく。
あまりに唐突すぎて、恐ろしささえ感じなかった。
「どうなってんだ?いったい…ほんとに亡霊だったのか?」
「特に…変わったところは見られないんですけどね。」
追いついたティナが、突き当たった壁を丹念に調べながら言った。
「キール、大丈夫か?」
ネルが私の異常に気づいたように言った。
「大丈夫。…ちょっと、疲れただけ。」
私は弾む肩を無理やりおさめて、努めて平静を装った。
「ちょっと、休んでいきますか?さっきからずっと歩きどおしだったし。」
ティナの気遣いに、私は首を横に振った。
「大丈夫。早く調査を終わらせて、上へ戻りましょう。」
私の本心だった。
この体の異常な疲労感と言い、さっきからずっと、嫌な予感がしている。こんな場所に一秒だって長く居たくない。
「しかたないですね…、じゃあ、先へ進みますか。」
再びティナ、私、ネルの順でT字路をさっきとは逆の左側へ歩き出す。
背後に何かの気配を感じる気がして振り返ったが、薄暗い廊下と、その先の行き止まり。なにもない。
それからどのぐらい進んだろうか。
私はずっと、重い疲労感と、眩暈すら感じていたが、二人を心配させまいと、歩き続けた。
私は再びふと、何かの気配を感じて、後ろを振り返った。
ネルスターが不審そうに私を見る。
その後ろに私は、信じがたいものを見た。
「うそ……」
ネルスターの背後の暗がりに、女が立っていた。女は虚ろな目で私を見つめている。
「あ……れ……」
私が指差して示すと、ネルスターも後ろを振り返った。
女は後ろを向いて、ゆっくりと歩いていく。
私はその後を追い掛けて走った。
「おいキール、待て!」
ネルが驚いて、私の後を追ってくる。
しかし、あっという間に私は、「それ」を見失ってしまった。
「待てって……!」ネルが私の肩を捕まえた。
「どうしたんだ?」
パニックに陥りそうだった。心臓がバクバクいっている。
自分の体が震えるのを止めることが出来ない。ネルの手にも、それが伝わっていることだろう。
「いま……」
しかし、なんとなく口に出すのをはばかられて、私はうつむき、首を振った。
「また、亡霊を見ちゃったみたい。見失っちゃったけど」
いま、私は確かに亡霊を見た。
だが、その亡霊は、私だった。
鏡に映したように、私とそっくりそのまま、同じ姿をしていたのだ。