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Avenger  作者: kaluha
Chapter6:リトルガール・トリートメント
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Chapter6:リトルガールトリートメント(6)

 あとに残される私とレナ。

 彼女は二人きりになってもなかなか口を開こうとしない。

「ご命令はなんですか?私の出来ることならば、何でもいたしますよ」

 私が促すと、彼女はようやく言った。


「……んちに連れてって」

「えっ?なんですか?」

 彼女の声があまりにか細くて、よく聞き取れなかった。

「遊園地に連れていって。」

「遊園地?」

 そんなこと?私はあっけに取られてぽかんとしてしまった。

「わ、笑わないでよ。こんな、こどもっぽいこと!わ、わたし……」

「子供っぽくなんてないですよぜんぜん!大人だってみんな、遊園地大好きですもの。好きな人に振られて、失意の時にはテーマパークにでも行って、思いっきり楽しむのが一番というものです。」

 私は笑顔でそう言ってやった。確かに遊園地なんてレナ様のイメージからかけ離れているし、子供っぽいのもたしかだ。

 だけど、いいじゃない。レナは実際まだ子どもなんだし。子どもっぽくていいじゃない。むしろこちらとしては安心しましたよ、そういった私の心の中の声は全部オフレコにして。

「ぜひ行きましょう!ネルスターも連れて。」

「やっ、やだ!それはいやっ。ネルスターに子どもっぽいと思われたくないし。内緒にして。」

 なっ……、ネルスターには子どもっぽく思われたくないけど、私ならいいってこと?なんなのよ、このいかにも子どもっぽい変なプライドは!

「それから、パパにも内緒にして。そんなの絶対、反対するに決まってるから。」

 それは、確かにそうだ。あの厳格な父親は反対するかもしれない。遊園地なんて最高に危ない場所だ。ラプランド家のご息女なんかがふらふら遊んでいたら、誘拐してくださいと言っているようなものだ。

 私もこれには少し困ってしまった。ある意味かなり難しい命令かも。




「……それで?レナ様のご要望は何だったんだ?」

 その日の帰り道、ステーションへ向かって隣を歩きながらネルスターは私に聞いた。

「えっとね……」

 私は少しためらった後に答えた。レナは内緒にしておいてと言ったが、ネルスターに相談しないことには何も始まらないからだ。

「遊園地に連れて行って欲しいんだって。今まで一度も行ったことがないらしくて」

「遊園地?……へぇ、なんだそりゃ。とんでもないおねだりをされるのかと思いきや、意外な展開だな」

「でしょ?レナ様、ネルスターに子どもっぽいとこ見せたくないから内緒にして欲しいんだって。だけど……難しいのはあの厳格な父親からどうやってゴーサインもらうかよ。」

「……いいじゃないかそれ。やろう。」

「へ?だけど……」

 ネルスターが意外に乗り気だった。彼の性格からして、クライアントの意向に反してお嬢様を危険に晒すようなことには反対するかと思ったのだが。

「相手は大きなお客さんだ。報酬もかなりの額をもらえるし、こうなったらオプショナルサービスとして、アヴェンジャーの総力を挙げてレナ様を楽しませるんだ。」

「はぁ……?」

「ミルティに頼んで暇そうなヤツを何人か回してもらって、レナの身辺をガチガチに固める。もちろん、ご本人には内緒でだ。レナ様にはあくまでキールと二人でごく普通にテーマパークを楽しんでいただく。どうだ?」

「どうって……そうねぇ、確かにそこまでやればお父さまも許してくれるかしらね」

 私はネルスターの気勢に押されてそう言った。

「たまにはレナ様にも子供らしい遊びをさせないと。これでレナ様が外の世界に興味を持つようになったら言うこと無しじゃないか。彼女のあのむちゃくちゃな性格は、ご両親の異常なほどの過保護と言うか、教育方針のせいじゃないかと思うんだよな。俺はあの子の将来に不安を覚えるよ」

 おやおや、ネルったら、今度の仕事はなんかやる気に満ち溢れてるじゃない。

「へぇー……ネルって意外に世話好きなとこあるわよね?」

「“意外に”は余計だろ。」

 ネルスターが憮然としてそんなことを言うのでなんだか可笑しかった。

 大丈夫分かってる。

 考え方が合理的だからつい忘れがちになるけど、本質的にはわりと正義漢なんだよね。


 そんなネルスターの論理的かつ粘り強い説得の結果、厳格な父親もあっさりと許可してくれた。レナ様がお母様が居なくて淋しくて元気がないので、とか、嘘八百並べたのも功を奏したのかもしれないけど。





「じゃあネルスター、お留守番よろしくね」

「お嬢様がキールとお出かけなんて、いったいどういう風の吹き回しですか?」

 ネルがそらっとぼけて言うので、私とレナは示し合わせたように目配せをし合って

「女同士にしか分からないこともあるんですよねー」

 とかなんとか言って出てきた。

 私たちは個人タクシー(黒ではなく普通の)をハイヤーして一番近くの遊園地へ向かった。


 パレットに遊園地は全部で七つ。カクタス湖畔の広大な敷地にある遊園地とか、ブルー地区の海岸沿いのブルーラグーンとかが有名だけど、私はこのケープコッドの州立の遊園地が好きだ。

「すごい。きれい……」

 チケットを買って中に入ると、頭上には満点の星空が広がる。巨大なドーム全体がテーマパークになっているのだ。

「ま、まぁこんなの、マジック使ったら簡単に作れるもんね」

 開きっぱなしの口を慌てたように閉じてレナがそんなことを言うので、私は思わず微笑みそうになった。

 ケープコッド州立遊園地は、文字通りの「テーマパーク」である。パレット人なら誰もが一度は読んだことのあるような、一昔前のベストセラー童話『魔女と魔法使い』の世界がそのテーマだ。

 訪問者は一人一つ魔法の書を与えられて、古代魔法を駆使しながら星巡りをする主人公たちをロールプレイングするように、各ページに対応するアトラクションに挑戦していく。魔法書にはそれぞれのアトラクションで使用する為の、本当に起動する回路が書かれていて、どれももちろん子供騙しの簡易なものだが、変身魔法や透視の魔法など、現代パレットにはけして存在しないバラエティ豊かな魔法を疑似体験出来るようになっているのだ。

 非常によくできたテーマパークだと思う。私も子供のころ、夢中になって遊んだ記憶がある。

「始めはどこに行きますか、お嬢様?」

「アイゼーヌの浅瀬がいい!」

 レナは魔法の書に付いた地図を見ながら即答する。やる気満々だ。

「エルウィン救出ですね」

 レナは意気揚揚と歩いていく。

 部屋で縫い物をしながら私たちにきびきび指示を出す(そして時々痛烈な毒を吐く)彼女しか見たことがなかったので、テーマパークではしゃぐレナは本当に新鮮だった。でもたぶん、素はこっちなんだろう。大好きなリサお母さまの隣ではしゃぐ彼女は、容易に想像できた。

 星空の下をしばらく歩くとまず、小さな村トゥルグ村に着く。

 物語の中でも主人公の魔法使いが生まれた始まりの村であるトゥルグでは、お土産を買ったり、食べ物を買ったりすることが出来る。

「飲み物か何か、買いますか?」

 私が聞くと、レナは首を振った。

「何言ってんの、まだ早いよ。歩き疲れて、喉が渇いた頃にお茶するのがベストに決まってんでしょ。」

 と、必要以上に馬鹿にしたような冷たい口調で言う。そんな扱いにはもう慣れっこなので、気にせず彼女の後を追う。

 薄暗いドームの中、揺らめく明かりを窓窓に灯したトゥルグの村は、それだけでうっとりしてしまう程美しい。

 さらにその上、本日のレナ様がこれまた絶妙な“ファンタジー仕様”のファッションで、その世界観に最高にマッチしているもんだから、惚れぼれしてしまう。

 いつもはストレートな長い髪は、ゆるく巻いてポニーテールにまとめて、上は若干パフの入った六分袖のアイボリー色のブラウス。下は渋い深緑の上品なロングスカートと編み上げブーツ。

 あまりにシンプル過ぎるんだけど、明るい赤茶の革製の肩掛け鞄と首元の金のネックレスが効いてるから、ちゃんと締まって見える。編み上げブーツがいいんだな、童話っぽさを出すのに。

 雰囲気ぶち壊しの一般客たちさえ居なければ、童話の一場面を切り取ったみたいに見えるのに。

 私は勝手に心の中で分析しつつ、彼女の相変わらずのセンスの良さにほれぼれと見とれていた。

 もちろん彼女のことだから、隣を歩く私のコーディネートも「あんたに任せとくとろくなことになんないから」とか悪態をつきながら、腕に寄りを掛けて仕込んでくれた。

 くせが強くてどうにもならない髪は上品な緩い編み込みにしてくれて、葡萄茶えびちゃを基調にしたエキゾチックなペイズリー柄の丈の長いワンピースとシンプルな皮のベルト、銅っぽい素材とイミテーションではない本物のアメジストをふんだんにあしらったイヤリングを付けてくれた。少し先の尖った焦茶の革の紐靴まで用意してくれて、トータルコーディネートいくらになるのか、内心ひやひやしたほどだ。


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