Chapter6:リトルガールトリートメント(5)
翌日は、私達までがどきどきしながらラプランド家へ向かった。
「こんなことしてるなんて、レナ様のお父様とお母様に知られたら、私達怒られちゃうかしらね?」
私は首をすくめながらネルに聞いた。
ネルはにやりと笑って言った。
「父親は厳しそうだからなぁ。」
ところが、いつものように私たちを出迎えたフロイさんが妙に慌てていた。
「ネルスターさん、キールさん、大変なんです。」
「大変?」
全てを達観したような器の広さと落ち着きを持ち、レナとですら良好な関係を築いているベテランハウスキーパーのフロイさんがこんなに慌てている姿を見るのは初めてだった。
「どうかしたんですか?」
「いえお嬢様が、帰宅されると同時に部屋にこもっておしまいになって、中に入れてくださらないんです。学校で何かあったんでしょうか?こんなことは初めてです。クラスのいじめっ子に目を付けられた時でさえ、お嬢様は見事に相手を完服せしめて平気な顔をなさっていたというのに」
私たちは思わず顔を見合わせた。非常に嫌な予感がする。
「おい誰だよ、絶対大丈夫だなんて言ったヤツは?」
ネルスターが小声で耳打ちしながら私をこづく。
「だって!あんな可愛いコを振る男がいると思う?」
私は小声で囁き返しながら、とにかく彼女の部屋へ向かった。
さすがに性格が悪すぎたんだろうか。あの美貌でもカバー仕切れないぐらいに。
ノックをしても返事はない。私はごくりと唾を飲み込んだ。
欲しいものは何でも手に入る、何でも自分の思い通りになる、そんな、言葉通り女王様みたいな生活を送ってきた彼女が、男の子に振られたとしたら――そんな、女王様のプライドをへし折られるような事態になったら、彼女がいったいどれだけ荒れるか、想像するだに恐ろしいことだ。
部屋に鍵は掛かっていなくて、彼女が特に抵抗もしなかったので、私たちはすんなり彼女の部屋に入ることが出来た。
彼女はいつものように、器用な手つきでぺたぺたとネイルを塗っていた。
あんまりいつも通りだったので、私はちょっと拍子抜けしてしまった。
「レナお嬢様、あの……」
遠慮がちな私の問い掛けに半ば被せるように彼女は口を開いた。
「他に、好きな人が居るんだって。別のクラスのコ。」
なんでもないことのようにつぶやくレナ。
「わたしのことも別に嫌いじゃないけど、って。ああそうって感じ。わたし別に、あんなヤツ、そんな、なんとも思ってないし。だいたい、わたしとあいつらじゃ、レベルも釣り合わないのよ。わたしは中学になったらもっと良い学校行くんだし。あんなやつらより全然良い学校に行くんだし、あんな、あんな、低俗なやつら……」
言葉とは裏腹に、レナ様の優雅な切れ長の目尻から、大粒の涙がぼろぼろ零れた。
「お嬢様……」
私は思わず彼女に駆け寄っていた。
「使用人のバカ。絶対上手く行くって言ったじゃん、嘘つきっ」
レナはもう手放しで泣き出して、抱き留めた私のお腹に顔を埋めてバカと繰り返した。
私はそんなレナの姿を目にして、正直驚きを隠せなかった。
レナはいつももっとクールだった。レナがこんなにストレートに、子どもらしい意地やわがままを表に出すなんて。
「申し訳ございませんレナ様……」
私は今まで何度となく繰り返してきたそのセリフを、今度こそ心を込めて口にした。
レナはいつまでも泣き止まず、私は彼女が気の済むまでそばに居てやって、彼女のひどい悪態を黙って聞いてあげた。
「ねぇ使用人。昨日あんた、絶対大丈夫って保証するって言ったよね?上手くいかなかったら“責任取って何でもする”って言ったよね?」
気が済むまで大泣きして少し落ち着いたらしく、レナは上目遣い気味に私を睨みながら言った。その真剣な表情に私はぎくりとした。
「な、何でもって……」
そこまでは言っていないような気がするのだが……。
しかし、いずれにしても彼女に軽々しく“絶対”なんて言ったのは確かに私だ。
彼にシャツをプレゼントしたらと提案したのも私。
もしかして、そんなところじゃなくて、相手の男の子についてもっとしっかり情報収集して(たとえば他に好きな人がいないかどうかとか。クラスでの彼の様子とか)確実に上手くいく方法(もしくはうまく諦める方法)をレクチャーすべきだったのかもしれなかったのに。
「わたくしに出来ることならば、なんなりとお申し付けください」
私は再び、これまで何度となく繰り返してきたそのセリフを口にした。
レナ女王様がその見返りに、いったいどんなことを要求してくるつもりなのか、恐ろしくてたまらなかったのは事実だけど。
しかしレナは、そこで急に押し黙ってしまった。うつむいて、その美しい顔に少し難しい表情を浮かべたまま。どんな命令をするか悩んでいるのだろうか。
「あのさ、恥ずかしいから、ネルスターには聞かれたくないんだけど。」
思わず私たちは、顔を見合わせた。ネルスターは意外そうに驚いた表情をしていた。ネルに聞かれたくないような恥ずかしいことって、いったい何だと言うんだろう。
「かしこまりました。私は席を外しましょう」
ネルスターはそれだけ言って、部屋から出て言った。