Chapter6:リトルガールトリートメント(4)
だが、そんなある日のことだった。
私がいつものようにパシらされ、べらぼうに高いスイーツ(買い込みながら美味しそうで食べたくてしょうがなかった)を山ほど買い込んでマンションに帰った時だった。
ネルスターが妙にニヤニヤしながら私を出迎えたので、何事かと思ったら、
「なぁなぁキール、レナお嬢様が何かな、」
「やっやだ、ネルスターやめて!おねがいっ!!」
ネルスターの言葉は、いつもの涼やかな彼女からは想像も出来ないようなものすごい形相のレナの声に遮られた。
レナは必死で背伸びをしてにやにやするネルスターの口を押さえようとしている。
私はその騒動をびっくりして見ていた。
レナ様はいったいどうしちゃったって言うんだろう?
「分かりましたよ、言いませんからその手を離してください。」
「いやっ、言わないって誓うまで離さないっ!」
「なに、どうしたって言うのよ二人とも?」
「いやそれがな、実はレナお嬢様が……」
さらりと言い掛けるネルスター。レナのキャーッ(なんて生易しい文句では表現しきれない)と言う金切り声の下、私はしっかりネルスターの言葉を聞いた。
「クラスの男の子に恋してるらしい」
まさに驚天動地。
レナが恋?クラスの子たちなんて“低俗なやつら”なんじゃなかったの?
レナはうつむいて、絶望の底に叩きつけられたような顔をしていた。両目が残らず涙目になっている。
私は不覚にもキュンとしてしまった。これだから美少女はずるい。
「あなたたち二人とももうクビっ!パパとリサに言い付けるから……!!」
「まあまあお嬢様、私は人生経験も恋愛経験も豊富なキールに相談してはどうかと思ったんですよ。」
ネルスターは実に楽しそうな口調で言った。相変わらず残酷なことを平気でやるんだからこいつは。
「その子の誕生日がもうすぐくるんだけど、何をあげたらいいのか分からないんだそうですよ。ほらキール、オマエの腕の見せ所だぞ。」
好きな男の子に何をあげたらいいか分からない?いつもはあんだけ高飛車なくせに、こういうところは、やっぱり11歳の少女なんだなあ。
しかしネルスターのヤツ、私が“人生経験”豊富だって?ネルだって大して変わらないだろう。まったく、失礼なヤツだ。
私はジロっとネルを睨みつけてやったが、相変わらずしれっとして、ニヤニヤしているだけだ。
それでレナの方は、至って真面目なのだ。耳まで真っ赤にして悶え苦しんでいる。どうやら本気らしい。
「なるほど、分かりました。好きな人の誕生日に何をあげたらいいか、と言うことですね。そんなの、簡単じゃないですか。お嬢様には、すごい才能があるんでから。こんなにハイセンスで、縫製も見事な服を縫える小学5年生なんて、レナ様ぐらいのものです。」
ほんとは、いつもの腹いせにもっと無茶苦茶なことを言ってやっても良かったのだが、こんなにしおらしい姿を見せられた後では、とてもそんなこと出来なかった。
少なくとも私も、そこまで曲がった性格はしていない。
「だけど……」
「その人、どんな人ですか?お名前は?彼がいつも着ているものから想像して、どんな服が似合うか考えましょう。」
こくん……と、レナは観念したと言うようにうなづいた。
私達は、買ってきた高級生菓子と、フロイさんが淹れてくれたおいしいお茶を飲みながら、いつまでも話し合った。
そして、ネルスターと三人並んで、レナを司令塔に、まるで三人共犯者同士みたいにこそこそ(もちろんこそこそする必要などないのだが)わくわくしながら、数日後、細かいストライプの入ったクレープ地の、最高にイカすシャツを縫い上げたのだった。
「うーん、最っ高の出来!これなら、喜んでもらえること請負いですよ!」
レナは出来上がったシャツを見返して、本当に大丈夫?と、何度も私達に聞いた。
「あとは、どうやって渡すかですね。」
こくこく……。
「ちゃんと、気持ちを伝えるんですよ。」
こくこく……。
「で、でも……、気に入ってもらえないかも。嫌われるかも。」
レナはいつまでも心配そうな顔をしていた。
この子意外に、内弁慶なのかも。ここ数日で、私の彼女の評価は大きく変わっていた。
「大丈夫ですよ!私が保証します。」
「じゃあ、もしダメだったら使用人、あんたちゃんと責任取ってよね?」
高飛車バージョンのレナがまた顔を出してそんなことを言ったのだが、あまりの素晴らしい出来に浮かれていた私は、ついうっかり、分かりました、絶対大丈夫ですから、と安請け負いしまったのだった。