Chapter6:リトルガールトリートメント(2)
「無理。ぜったい無理。」
一日二日ならともかく、これから一か月もあの少女と一緒なんて……。
「絶対に社長の人選ミスよ!私なんかじゃなくて誰か別のもっとハイソな女性に代えるべきだと思う!」
「うん、たぶん単にオレが“イケメン”だからオレたちが選ばれたんだろうな」
ネルスターが真面目な顔をして言うので、私はその頭を思いっきりはたいてやった。
「いてっ。冗談だよ。」
ネルスターは頭をさすりながら言う。
「これ見てみ。」
ネルスターが上着を裏返して内ポケットを示すので、なんだろうと思ったら、そこには“GY”のロゴ。私は目をむいた。“GY”のブラックレーベル?確かにお洒落なスーツだとは思ったけど、いったいいくらするんだろう。
「オレがイケメンかどうかはともかく、ミルティいわく、さすがリサ・ラプランドの娘、服の趣味とかそういうことにはうるさいらしい。“恥ずかしくて連れて歩けない”は、たぶんそう言う意味だろ」
「……なによそれ。自分ばっかりちゃっかりちゃんと準備して。前もって教えてくれてたら私だってもうちょっとちゃんとしたカッコしてったのに」
「どうだかなー。わりと普段の振る舞いが出るもんだぞ、こういうことって」
ネルがまたそんな失礼なことを言うのでもう一度小突いてやると、彼はニヤニヤしながら更に加えて言った。
「なかなか面白そうな娘じゃないか。キールに面と向かって“野暮ったい女”はさすがにウケたなぁ……!」
ネルスターは思い出したようにまたケラケラ笑い出す。
「あははははは、ホント、まったく、その通りね!」
まっったく笑えませんけど。私にだって女のプライドってものがあるんだ。
たしかに、たった11歳の子ども相手にこんなにムキになっている自分が情けないのも事実だった。彼女の吐いたセリフが、全くの虚勢なら私だって笑って済ませることが出来たろう。
だけど、彼女があんまり完璧に非の打ち所のない美少女なんだもん。あのハイセンスな装いと完璧な容姿を前にすれば確かに私は“安っぽい服”を着た“野暮ったい女”だろう。どうあがいたって太刀打ち出来ない。
あやうく涙がちょちょぎれそうだったので、速足でネルスターを追い越してステーションへ向かった。
そしたらまたネルスターが、「冗談だって言ってるだろ?オマエだって“充分”キレイだから!」とかなんとか全くなぐさめにもならないことを言いながら追い掛けてきた。
仕事をすっぽかしたいと思ったのも、ネルスターと組むのを止めたいと思ったのも、今回が初めてだった。
翌日から早速私たちは、レナお嬢様のコンパニオンとして、ラプランドのマンションに通うこととなった。
私は正直社長に直談判して、仕事を変えてもらうよう頼みたくてしょうがなかったのだが、そんなことが出来る分けも無く、暗澹とした気持ちでマンションへ向かった。
「まず使用人、あなたはそれ、着てね」
そっけなく示された先に積まれていた数着のレディススーツ。私は憮然としてそれらを手に取り、自分の着ているものとの差に愕然とした。生地も仕立ても全然違う。たぶん、おしりにゼロが一個多く付くぐらいの値段のするものだろう。今日はちゃんと、一張羅を着て来たつもりだったのに。
私は酷い屈辱を受けるような気分でその一つに袖を通した。サイズもデザインも、まるであつらえたみたいに私にぴったりだった。悔しいけどめちゃくちゃセンスがいい。私が同じ値段を出して服を選んだとして、果たして同じぐらい自分に合うものを選べるかどうか。
ネルスターもレナの用意したスーツを着た私を見て驚いていた。
「すげーな、昨日ちょっと見ただけなのに」
そう、昨日、ちょっと見ただけ。それでここまで私に似合うものを、しかも、昨日の今日という短時間で準備したのだ。これはある意味才能。認めざるを得ない。
家事は全てハウスキーパーがやってくれるし、専属の警備員もいるので、私たちの仕事は本当に、ただ彼女のそばに居て、話し相手、遊び相手になってやることだけだった。
もちろん、彼女が外出する際には身辺の護衛役も勤める。父親からは、くれぐれも彼女を一人で外出させることのないように、と固く言い付かっていた。
彼女には、ルドルフというボディガードも居るのだが、二人の関係はあまり芳しくないらしい。
まぁ、お嬢様がお嬢様だから、それもうなずけるけど。
「ルドルフを連れて歩くのって、ダサいからヤなのよ。いつもはリサがいるからいいんだけど」
「お嬢様はいつもリサお母様とお出掛けになるんですか?」
私はちょっと意外に思った。小学校高学年って、家族より友達が大事になる年頃だと認識しているのだが。
「リサは最高だもん。アンタみたいなのと違って」
レナは凶悪な笑みを浮かべる。この、マザコン娘め。