Chapter5:鳥人間ティルテュ・ルゥにまつわる話(3)
クライアントから何も指令が下りてこないので、男はそれから数週間の時をスペンサーと無駄話やゲームをして過ごした。
「うーん……。この魔法陣はなんだと思う?ここまでは意味が分かるんだが、この部分とこっちの関係がよく分かんねーんだよなぁ。なぁ、この魔法陣ってなんだっけ?」
「オレに聞くなそんなもん。」
男はスペンサーの様子を呆れて見ていた。
二人の暇さ加減も佳境に入り、カードゲームぐらいではもはやどうしようもない域に達していた。男からすると狂っているとしか思えないのだが、スペンサーは最近、壁の回路の解読を始めたらしい。
分からないことに対していちいち意見を求めてくるので始末が悪い。そんなもん知るか、という感じだ。
仕方がないのでしばらく寝たふりでもしていようと目をつぶっていた。
やけにスペンサーが静かになったので変だとは思ったのだが、そう思った時には遅かった。
「……ん?おい、どうした?おい……!」
スペンサーは、ついさっきまで相手していた壁に向かった姿勢のまま、うつむいて固まっていた。男が声を掛けても微動だにしない。
目が、
「おい!」
男はスペンサーの肩を揺すった。
震えている。小刻みに。
目が、開いているのだが、
くくくくくくくくくくくく……
何だ?この音。
くくくくくくくくくくくく……
くくくくくくくくくくくく……
はじめはスペンサーが小声で何かを呟いているのかと思い、口元に耳を近付けてみたのだが、それは言葉ではなく、むしろ……、
男は総毛立った。本能が自分に対して警鐘を鳴らし始める。
……開いている。
マジックで固い封印がなされているはずの、建物の内部へアクセスする、たった一つの扉が。ぽっかりと。
「ホラーかよちくしょう……」
とにかく扉を閉める必要がある。
男はごくりと生唾を飲み込んで、ぽっかりと口を開けた入り口へ近づいた。