Chapter5:鳥人間ティルテュ・ルゥにまつわる話(2)
「ぅおっ、しまったやられたぜ……」
男はぼりぼりと頭をかきながら手元のカードを見る。切り札のエースはまだ使えない。
「ヘヘン……またオレの勝ちかな?」
相棒――名前はスペンサー、やっと覚えた――は得意げな顔をして言う。
本日も異常なし。
毎日毎日きっちり六時間半で交代。デカい建物の中からは物音一つ聞こえてこない。あんまり暇なので二人はカードゲームに興じていた。
「あーあ、やめだやめだ」
男はカードをばらばらと投げ散らかした。
「あっ、てめっズルいぞ!」
スペンサーはムキになって、男が投げ捨てたカードを拾い集めようとした。こいつの顔もそろそろ見飽きてきた。
「しっかしヒマだなぁ……」
男はカードを拾い集めて無理矢理続きをさせようとするスペンサーを完全に無視しつつ、タバコに火を点けてぼんやりと天井を見上げた。なんの変哲もない打ちっぱなしのコンクリ。
「オレ、何やってんだろうなぁ……」
スペンサーがため息混じりにつぶやく。もう何度目になるか分からないセリフだ。
こいつはどうも、何かマジックを使って大活躍できる仕事を期待していたらしい。
「お前はさぁ、なんでこの仕事の採用を受けようと思ったんだ?」
スペンサーがしょんぼりとした口調で聞くので、何か気の聞いたギャグでも返してやろうかと思ったが、
「オレは便利屋だからよ、たまにはこういうクソ面白くもねぇ仕事をしたりもするんだ。」
と、半分本当みたいなことを言ってみたりする。
「便利屋ぁ?……ふぅん。なんかよく分かんねーけど、つまりあんたもアレだな?ちゃんとした仕事につけないんだろ」
「……まぁ、そうかもな」
男は思わず苦笑いをして“ちゃんとした仕事ってなんだよ”と心の中で突っ込みながら適当な相槌を打った。
「それで?お前はちゃんとした仕事につけないからここに居るワケか。」
男は逆に聞き返した。
「オレは……国立学院くずれだよ。5年やっても受かんねーから辞めたんだ。でも今更高校に行く気もねーから中卒でさ。だけど、知識だけはあるから、ここには偶然受かった。」
「へー……」
そりゃもったいないな、と思った。給料はよくても、こんな仕事止したほうがいい、と言おうと思ったが、お節介かと思ってやめておいた。
どっちにしろあと数か月もしないうちにここの警備の仕事は“必要なくなる”んだし、そうなったらコイツも解雇されるだろうからおんなじだ。
「なぁまじで気になるよな、ここがなんなのか。なぁ、覗いてみたくなんねーか?」
「……それだけは絶対にやめとけ。」
「なんだよオマエ、中身に興味ないって言ってたくせして、やけに断言するんだなぁ」
「じゃあ、お前の言う推測とやらをオレも一つしてやろうか?」
「はぁ……?」
「後ろのカベをよく見てみろよ」
「後ろの壁?」
男が親指を立てて示すと、スペンサーは振り返って自分達がもたれかかっている壁を見た。
「壁がなんなんだよ」
自分達と、この建物の中身を隔てる一枚の壁。
スペンサーはその事実にようやく気が付いたのか、驚愕の顔で絶句した。
「……これ、回路か?全部。」
「どうもそうらしいな。」
男も、配備初日にこの壁を見た時はさすがに背筋が寒くなった。
壁一面、細かく彫られた紋様。あまりにも細かいのでよく見てみないとわからないが、伝統工芸みたいな、美しくさえ見えるその紋様は、すべてが魔法回路だった。
「自動回路か……かなり手の混んだ……、封印だよな、これ」
さすがにコイツも元学院を目指してただけあって、この回路が何の為にあるものなのかは分かったらしい。
「カネ掛かってるよなぁ。」
「いや、カネとかじゃなくて、ヤバいだろこれ、マジで。こんだけ手の混んだ回路で抑えねーと抑えられない類のモノってことなのか?この建物の中に有るモノって……」
「オレ達は使い捨てられる兵隊、なのかもな」
男はにやりと笑って、わざと意地悪くそんなことを言った。
このぐらいクギをさして置けば、コイツも中を覗いてみようなんてバカな考えは持たないだろう。
ひとまずコイツのせいで仕事が台無しになってしまうようなことは避けたい。