Chapter4:とある人形遣いの恋物語(完)
「ポールがゴーレム……?うそよ、そんなこと。」
イヴは驚いた表情のまま、ゆるゆると首を横に振った。
「今まで一緒に居て、まったく気が付かなかったんですか?」
キールがたずねる。
「気が付かなかったって……!」
驚いた表情のままのイヴの目から、はらはらと涙がこぼれ落ちた。
「わたし、ポールのこと、なんにも知らなかった。ポールは、なんにも教えてくれなかった。触れたことさえ、なかったんだもの。……ただの一度も。触れたことさえ。」
はらはらはらはらと静かに涙が流れていく。
ポールの遺した手紙だと手渡された紙を、イヴは震える手で開いた。
イヴには、僕が最後まで人形を愛し、人形を愛するがゆえに人形とともに自殺したと伝えてください。
僕のことは、彼女には、教えないでほしい。
僕は、人を好きになる資格も、人に好きになってもらう資格もないのに、彼女のことを好きになってしまった。
そんなこと、彼女を不幸にするだけなのに。
だけど、それでも、人に好きになってもらうことが出来て、人を好きになることが出来た僕は、幸せだった。
とても、幸せだった。
「そんな……」
ポールは、私を愛してくれていたと言うの?
「彼は、あなたにすべてを伝えることが出来なかったのでしょう。」
イヴは何度も何度も首を横に振った。涙がとめどなく溢れた。
「そんな……」
イヴは何にも理解していなかった。
イヴが彼に思いを届けようとどんなに一生懸命頑張っても、彼がそれに応えず、むしろ敢えてそっけない態度を取っていたのは、どうしてなのか。なぜ、あの日、ポールがイヴにセシルを見せて、自分は人形しか愛せないなんて言ったのか。
「どうして……どうしてよ!どうして好きなら、そう言ってくれなかったの?私はあなたが人形でも、かまわなかったのに。ただ好きだって、そう言ってくれるだけでよかったのに……!」
イヴはしゃくり上げながら、動かないポールにすがりつくようにして叫んだ。
「そうしたら、私はこんなこと、こんなことしなかった……っ!」
イヴの涙が、いくつもいくつもポールの体の上に落ちた。
「なんてことしちゃったんだろう、わたしポールに、なんてこと、しちゃったんだろう」
* * *
たしかに、ポールがきちんと全てをイヴに伝えていたら、彼女はこんな、理性の欠いた依頼をアヴェンジャーに出したりはしなかっただろう。
私は、涙にくれるイヴを見て、ポール・リンクスの遺志に反して彼女に全てを伝えたことを少なからず後悔していた。
ポールが願ったとおり、イヴに真実を伝えず、ただ彼は最後まで人形を愛し、人形とともに死んでいった哀れな男だったと思わせておいた方が、彼女にとっては幸せだったのかもしれない。
しかし、いずれにしてもポールの死を知れば、イヴは悲しむだろう。そして、彼を追い詰めた自分を責めるだろう。それならば、私はイヴに、すべてを伝えてやりたかった。
人形ではなく、あなたを想っていたのだということを、伝えてやりたかった。
「……ウォルターさん。彼は、あなたのことを想ってくれていたんですから、」
「彼に、笑顔を見せてあげてください。喜んであげてください。彼はたぶんそれを、何より望んでいます。」