Chapter4:とある人形遣いの恋物語〈ポールの話〉(17)
そしてそれは、冬の訪れを感じさせる、ある冷たい秋の日のことだった。
「ポール、ちょっといい?」
「なに……?」
「これ、ポールにプレゼント。」
イヴはそう言って、上等な包装紙の包みをポールに渡した。
「おうちに帰ってから、開けてね」
いたずらっぽく笑って、じゃね、と手を振るイヴが、いつになく、とてつもなく可愛かった。
……どうしよう。
ポールはライトもつけず、薄い夕日の差し込む暗い部屋の中で、ベッドに腰掛けたまま、じっとしていた。
その手の中には、イヴにもらったふわふわとしたグレーのマフラーが、優しく載せられている。
どうしよう。
「ポール、どうしたの?ライトもつけないで」
セシルが心配して、遠慮がちに話し掛けた。
「どうしたの、それ……イヴにもらったの?」
ポールは何も答えず、ただじっとその、グレーのマフラーを握り締めていた。
「ポール?……ねぇ、私の言った通りだったでしょう」
ポールが何も言わないので、セシルはじれったいとでも言うように一人で話し続ける。
「ねぇポール、ダメだよ。向こうが本気で好きなんだったら、ちゃんと断らないと、いつまでも期待を持たせるようなことしてたら、かわいそうじゃない」
それでもポールは、じっとうつむいたまま黙っている。
「ポール?……どうしたっていうの?」
「どうしよう、だけど……だけどおれ」
しばらくしてやっと、ポールはうめくように言った。
「……おれ、イヴのこと、好きになっちゃったみたいなんだ。」
ポールは堪えきれないというように、マフラーに顔をうずめるように突っ伏した――いたずらっぽく笑うイヴの顔が浮かんでくる。
でも、……涙は出ない。
どんなに苦しくても、悲しくても、嬉しくても、ポールの目から、涙は出ない。
もしイヴに、自分が本当は人間じゃないってこと、伝えたらどうなるだろう。涙も出ないしクッキーの味も分からないし、寒くもないってこと、伝えたら、どうなるだろう。
彼女は自分のことを、どう思うだろう。
きっともう、以前のように笑ってはくれないだろう。
それとも、自分は魔法で動く人形だけど、それでも僕のことを愛してくださいと、言うか?彼女に。
それでも愛してほしいと願うか?
……そんなこと、出来るわけない。
そんなことをしても、イヴは幸せにはならない、けして。ただの人形に過ぎない自分には、それも、この世界では存在することすら許されない自分には、逆立ちしたって、イヴを幸せにすることなんて、できない。
本当のことを伝えたって、イヴは戸惑い、悲しむだけだろう。
だったらいっそ、嫌われてしまいたい。むしろ憎んでくれればいい。
イヴもおれのことなんか嫌いになって、おれのことなんかキレイさっぱり忘れて、普通に恋をして生きていってくれれば、それでいい。
次の土曜日。
ポールはいつものように人形劇を見にきていたイヴを呼んで言った。
「今日さ、これから暇?よかったら……おれんちに来ない?イヴに見せたいものがあるんだ」
「行く!」
嬉しそうに目を輝かせたイヴの顔を、ポールはまともに見ることができなかった。
「紹介するよ。セシルだ」
「こんにちは、イヴ。ポールからあなたの話はよく聞いているわ。いつも、ポールの人形劇を見にきてくれて、ありがとう」
セシルは示し合わせていた通りに、イヴに自己紹介をした。
イヴの顔には明らかな当惑と、そしてかすかな嫌悪の色が浮かんでいた。
「イヴ、分かって欲しい。僕にとっては、人形がすべてなんだ。僕には、人形を愛することしか出来ない。イヴが僕の愛する人形たちと、人形劇のことを好きで、応援してくれるのは、すごく嬉しいよ。だけど……もしイヴが、それ以上の気持ちを持っているんだとしたら、悪いけど、……迷惑なんだ」
ポールはそう口にしながら、身を切られる思いだった。
イヴは涙を目にいっぱいにためて、恨むようにポールを見ていた。