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Avenger  作者: kaluha
Chapter1:プロナの大迷宮
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Chapter1:プロナの大迷宮〈シエナとミカヤ(5)〉

 

 それは、ロン・ギルバートがアヴェンジャーに依頼を出す四日ほど前のことだった。


 シエナはその時、図書室の中二階にあるラウンジで、いつものように書物を読みふけっていた。

 リン…リン…。

 ドアベルの音が聞こえる。

 シエナは書物から目を上げ、耳を済ませた。

「ロン…?お客ですか?」

 こんな時間に訪問者とは珍しい。塾の生徒達もみんな帰ったはずだ。

「ロン…?いないの?」

 シエナは立ち上がり、たった一人の家族の名を呼びながら一階のホールへの階段を降りた。

「誰か…」

 シエナは言いかけた口を思わずつぐんだ。

 

 彼はちょうど、玄関から図書のホールへ足を踏み入れたところだった。

「ミカヤ…」

 涼しげな黒い瞳とおそろいの真っ黒な髪と、少しはにかんだような口元。まるで過去が蘇ったかのような錯覚を覚えた。

 だが、彼がここを去った時、短く切りそろえていた黒髪は伸び、こげ茶のジャケットの襟には、パレットの紋章のついたピン。

 ミカヤは、自分の言葉の通り、政府の研究者になったのだ。

「久しぶり、シエナ」

 国家試験を受けて、政府公認の考古学者になる。そう言っていた鼻っ柱の強い少年の面影はそこにはなかった。

 落ち着いた眼差しとやわらかな物腰。彼がここを出てからの四年の月日は、確実に二人の間に流れていた。


 シエナは、先ほどまで彼女が居たラウンジに彼を座らせ、熱い紅茶を淹れなおした。

「懐かしいな…ここ。紅茶の味も」

「国家試験、通ったのね」

「ああ、二度目でやっと。それからはずっと、学院に通いながら魔法史の研究をしてた。」

「そう、ミカヤは、何も連絡をくれないから」

 彼がここを去ってから四年間、今日まで本当に一つも音沙汰がなかった。

「そりゃ、だって…いい気はしないだろうと思ったから。」

 ミカヤは気まずそうに頬を掻いた。その仕草が、ここに入り浸っていた頃の彼を彷彿とさせた。

 そしたら不意に、涙が込み上げた。

「おい、どうしたんだよ…!」

「ううん。」

 シエナは大きく首を振った。

 それでもどうにも、涙を堪えることができなかった。

 ミカヤが魔法歴史学者になってパレットに残る魔法の真実を解き明かしたいという気持ちは痛いほど分かったから、四年前シエナは、ライトフォーリッジを出て国立学院に行く彼を笑って見送った。


 でも本当は、寂しくてたまらなかった。

 いつもこのラウンジに座り、ミカヤと二人冗談を言い合いながら話をしていた頃のことを思い出すたびに、彼に会いたくてたまらなかった。

「私たちに、気兼ねすることなんてないのよ。ロンは古い人だから、“イタン”のあなたがどうして公務員なんかになるのかって思っているかもしれないけど、私は、あなたが国立学院に合格して、本当に嬉しかった。政府をあまり好きになれないのは事実だけど、ミカヤがやろうとしていることは間違っていないと思う。」

 シエナは涙を拭きながら言った。


「それなんだ。」

 ミカヤは不意に真面目な顔つきをして切り出した。

「今回ここへ戻ってきたのは、“プロナ”に関することなんだ。シエナ。“プロナ”のことは知っているだろう?」

「な、…どうしてそれを?」

 シエナは突然の成り行きに呆然とした。ミカヤがなぜ“プロナ”を?

「政府が“プロナ”を嗅ぎつけた。近いうちに調査が入ることになっている。」

 シエナは危うく紅茶のカップを取り落としそうになった。


「帰って…。帰って!!」

 シエナはがたがたと音を鳴らして椅子から立ち上がり、強い口調で言った。

「あなたたちに渡すものなど何も無い。あなたが、研究者として、政府の下で歴史の研究をすることに反対はしないわ。でも、…それとこれとは別の話。“プロナ”をあなた達に渡すことはできない。」


 それは、シエナの父と母が、命を賭けた願いだから。


「待ってくれシエナ、話を聞いてくれ。俺は別に、政府の手先になってこっちへ戻ってきたわけじゃないんだ。」

 ミカヤもつられて席を立ち、シエナの手を握る。シエナの手は動揺で震えていた。

「俺は、シエナを助けに来たんだ。政府は、“プロナ”以上に君のことを狙っている。政府は君のことを拘束するつもりだ。だから俺は、シエナを逃がすためにここへ戻ってきたんだ。君を匿ってくれる団体がある。オレと、一緒に来るんだ。そうすれば、政府は“プロナ”を手に入れたとしても、何もできないだろう。」

「団体?…いったいどんな」シエナの声はあくまで冷たかった。

「反…政府組織だ。政府のやり方をよく思わない人たちが世の中にはたくさんいるんだ。俺は密かにつながりを持っている。」

 シエナはミカヤの手を振り解き、大きく首を横に振った。

「私は、“プロナ”を誰に渡すつもりもないわ。政府にも、その他の団体にも。」

「伝えに来てくれてありがとう。“プロナ”のことは、私の問題です。私が、なんとかします。」


 シエナは絶望が胸を満たすのを感じた。

 まだ全ての研究が終わっていない。

 もう少し…もう少しで全ての答えが出せるのに。


 その翌日、シエナはたった一人“プロナ”へ潜った。

 研究は中途だったが、地下へ行けば、そこになんらかのヒントが眠っているのではないかと感じていた。


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