Chapter4:とある人形遣いの恋物語(10)
その時、玄関のドアを開けようとする音がかちゃかちゃと響いた。
「ネル……!」
私たちは思わず体の動きを止めて顔を見合わせた。
ポール・リンクスが帰ってきたのだろうか。依頼主によれば今日は夕方まで戻らないはずだが。
しかしドアを開けようとする音はなお続く。
玄関のドアには万が一ポールが帰ってきた時のためにネルスターが簡易回路で内側から鍵を掛けていた。つまり彼が帰ってきたとしても、通常の鍵で外から開けることはできない。
私たちに与えられた依頼の内容は、ポール・リンクスが留守の間にアパートに忍び込んで人形を壊すことだ。依頼の内容だけを見れば、私たちはポールに姿を見られることを避けるべきだし、彼が帰ってくるまでに全ての人形を破壊することこそが私たちに与えられた任務だ。
だけど……
「ネルスター、もしポール・リンクスが帰ってきたのだとしたら、……鍵を開けて。彼を、中に入れましょう」
「……今すぐこのまま奥の窓から逃げるって言う手もあると思うぞ。」ネルスターは私をさとすように言う。
「うん。だけど、ポールの目を覚まさせたいって言うのが依頼主の本当の願いなら、わたし、彼と話がしたい」
ネルスターは私の思うところがすぐに分かったらしく、ほとんど躊躇うこともなくうなづいてくれた。
「分かった。……別に、依頼書にポール・リンクスと接触するなと書いてあったわけじゃないし、もしこの現場を見られたとしても、相手にはオレ達を訴えることは無理だしな」
ネルスターはそう言って、玄関へ向かった。
「ポール・リンクスさんですか?」
私の問い掛けに、男性の戸惑ったような声が返ってくる。
「誰だ?誰か中に居るのか?どうなってるんだ?」
ネルスターが鍵を開けると、そこには、薄茶色の短髪に、ひょろりと華奢な印象の男が立っていた。
「あなたが、ポール・リンクスさんですか?」
私はもう一度問い掛けた。
「そうだ。いったい何なんだあんた達は?」
ポールは困惑していた。
そして、いち早く部屋の異常に気付き、私たちを押しのけるようにしてダイニングルームへ向かった。
「エイダ、ショーン、……シャムシャーク……。ひどい……、いったい何でこんな」
彼はまるで気が狂ったように奥の寝室へと駆け込んだ。
「セシル……、よかった。」
ポールは寝室に置かれていた人形が無事だったことを見て少し安堵した。
そして、後から彼の寝室へ入った私たちに、すごい剣幕で迫った。
「いったい、何があったんだ!?あんた達が、やったのか!!?」
「ええ、そうよ。」
私は目を伏せて答えた。
「なんで、いったいどんな恨みがあってこんな非道いことをするんだ……!?」
その言葉は、人形たちの叫びのリピートそのままだった。
「それを言う権利があなたにある?ここにある物すべて、違法なものでしょう」
私は遣る瀬ない気持ちを込めて言った。
「私たちは、イヴリン・ウォルターという女性に依頼されて来たんです。」
彼は怒りのやり場を失ったように、絶句した。
「イヴが……?なんで……」
「イヴは、あなたに目を覚ましてほしいと、願っていたわ。こんな、ゴーレムの作成なんてことから、手を引いてほしいと。」
依頼主の名を明かし、彼に全てを伝えるなんて、アヴェンジャーとしてタブーだった。それでも私は、彼女の思いを、彼に伝えたかった。
「そんな……おれが、あの時、すべてを伝えたから……?」
「イヴは、このことを警察に話すことも出来た。でも、彼女はそうしないで、私たちアヴェンジャーに依頼を出したのよ。ただ、あなたが目を覚まし、罪から足を洗うことを願って。私たちは人形たちの叫びを聞いたわ。彼らは、あなたに“こころ”を与えられたばっかりに、罪を負わなければならなかったし、壊されなければならなかった。ゴーレムなんて、初めから作るべきではなかったのよ。やっぱりゴーレムなんてものは、存在してはならないものなのよ。」
男はうつむいて両手で顔を覆い、ゆるゆると首を横に振りながらうめくように言った。「違う……おれは、イヴにこんなことをしてほしくて秘密を話したんじゃないんだ。ただ、イヴにおれのことを軽蔑して欲しくて、人形に心を奪われた気持ち悪い男だって軽蔑して欲しくて、全てを話したのに。こんな……」