Chapter4:とある人形遣いの恋物語(9)
「ネフロレピス……」
ネルスターがふと呟いた。
「え?」
「ゴーレムの禁止が決定的になった理由を知ってるか?」
「ゴーレムの禁止が決定的になった理由?ゴーレムが禁止されたのには何か、明確な理由があったの?」
ネルスターはうなづいた。
「……街が一つ、滅んだことがあったそうだ。」
詳しいことは、私も後々ゴーレムの歴史を調べてみて知ったのだが、彼がその時口にした“ネフロレピスの悲劇”について、簡単に説明すればこうだ。
かつて、優れたゴーレムの技術によって栄えたネフロレピスという街があった。石や木で出来たゴーレムが貨物を運搬し、田畑を耕し、人間の代わりに重労働や危険な仕事を担った。
人々はゴーレムを便利な道具、奴隷のようなものとして活用し、街はその安価で丈夫な労働力によって、大いに栄えた。
しかし、ある日突然、悲劇が起こった。
ゴーレムが突然、理由なく人間を襲い始めたのだ。
マジック回路による命令だけを忠実に行なうはずだったゴーレムが、なぜ突然人間を襲ったのか。原因は、愉快犯によるマジック回路の改造とも言われたし、それまでこき使われて来たゴーレムの呪いだとも言われた。(後世の分析では前者が有力視されている。)
一夜にしてネフロレピスの街は地獄絵図と化した。
鉄や木材などによって、人よりよほど頑丈に作られたゴーレムに、非力な人間が対抗出来るわけもなかった。
人々は、訳も分からず、ゴーレムの暴走を止める手立ても持たず、なすすべもなく命を落とした。
国の軍隊による助けが来るまでに、街は壊滅的なダメージを受け、多くの人々が犠牲になったという。
「その、ネフロレピスの街が復興して出来た街、それが、ボストン・ファーン。……この街だ」
「この街が……?」
「ネフロレピスは滅びたが、かつて栄えたゴーレムの技術が、この街にはいまだに残ってたってことらしいな。」
そうか、それで……。
依頼主はそのことを知って、人形の破壊を依頼した、ということか。
今回の依頼の内容は、至極簡潔で、しかしとても奇妙だった。
――ボストン・ファーンの2番地に住む、ポール・リンクスという男の家に忍び込み、その家にある人形を、すべて、残らず、壊すこと。けして修復できないよう、ばらばらに。
依頼書の最後には、走り書きのようにこんな言葉が付け足されていた。
「あの忌まわしい人形を全て壊して、彼に、目を覚ましてもらいたいんです」
ただ人形を壊すだけ、なんて、何か呪咀的な怨みでも込められた依頼なのかと思っていたが、つまり、依頼主の、彼女の願いは、ゴーレムの作成などという罪深い趣味に没頭する男の目を覚まさせることだったのだ。
警察に通報すれば、それで済む話だったが、きっと依頼人はポール・リンクスを罪人にはしたくなかったのだろう。ゴーレムの作成は重罪。もし政府に見つかれば、彼は厳しい刑罰を受けることになる。
「わたしたちは、“こころ”を持っています。ポールがそれを、与えてくれたから」
仮面のような、美しい化粧の施された道化師の人形が私たちを見上げてそう言った。
マジック回路で人形に心を与えることなんて、出来るのだろうか。私にはとても、信じられなかった。
ネルスターはその美しい道化師を、そっと持ち上げた。そして、その指が残酷に、破壊の回路の軌道を描く――美しい道化師はあっけなく粉々になった。
「なぜ、そんな非道なことが出来るのだ!」年老いた騎士が、怒りの声をあげる。
「お願い。やめて」
お下げの少女が怯えた声で訴える。
私は目を瞑り、耳を覆いたい衝動に駆られた。
でもネルスターはこういう時、どこまでも非情になれる人だった。
彼は人形たちの切なる声に眉一つ動かすことなく、マジックをあやまつこともなく、ひとつひとつ確実に人形たちを壊していく。
さながら殺戮現場だった。
「お願いだよ、やめさせてよ」
幼児ほどの背丈の羊飼いの少年が、私にすがりついてきた。
人形達はどこまでも無力で、無抵抗だった。
「あなた達に本当に心があって、私の言葉を解するなら、分かるでしょう?あなた達は、存在してはならないの。パレットではそれは、重い罪なのよ」
私は口に出して言葉にしながら、身に染みて思った。やはりゴーレムなんてものは作ってはならないものなのだ。自分達人間と同じ、四肢を持つ姿のものが自分の力で動いている以上、彼らを酷使したり、不必要になった時に壊したりすることは、人間の心情として、とても見るに耐えない。
使わなくなった車を廃棄するのとは、話が違うのだ。
仕事は着々と片付いてゆき、ダイニングに居た人形はそのほとんどが動かなくなった。次は奥の寝室だ。
振り返れば私たちが通った道筋に、粉々になったおびただしい数の人形の残骸が、無残に残されていた。