Chapter4:とある人形遣いの恋物語(8)
「やめて」
私はびくりとした。
誰もいないと思っていたアパートに響いた微かな声。
「ネル。なに、今の声」
ネルスターも手を止めて部屋の奥をにらみ、聞き耳を立てる。
私は恐るおそる部屋の奥を見回して見たが、人の気配はない。この部屋の主人は、今日は夕刻まで戻らないはず。
「さっさと片付けよう」
ネルスターは再び人形に手を伸ばそうとした。
その時、
「やめて」
再び同じ声がした。
「やめろ」
今度は低い、男の声。
「うそ……」
私は目の前の世にも異様な光景に、呆然とした。
人形達が、自らの足で立ち上がり、ぞろぞろと近寄ってきたのだ。何十もの青い瞳が、ぽっかりと開いた穴のような、虚ろな視線を投げ掛ける。
やめて。やめて。やめて。やめて。やめて。やめて。やめて。やめて。やめて。やめて。やめて。やめて。やめて。
口々にざわめき始めた老若男女の声、声。
やめて……。
やめてくれ……
私は戦慄を覚えた。
「ネルスター、何なのこれ、どういうこと?」
私は肌が粟立つような本能的な身の危険を感じて、後ずさった。
「ゴーレムだ、信じられないけど。ここにある人形すべて、ものすごく精巧な回路を持っているんだろう」
「ゴーレム!?そんな、でも……ゴーレムの作成って禁じられてるんじゃないの?」
ゴーレム――つまり、マジックによって動く人形。それは、人々の暗黙の了解のうちに禁じられた魔法の一つだ。
パレットの住人は、ゴーレムに対して良いイメージを持っていない。(私もそう。)
どうしてかと聞かれると、はっきりとした理由は説明できないのだが、なんとなく危険な物、嫌な物だという感じがするのだ。小さい頃からなんとなく刷り込まれてきたイメージと言ってもいいかもしれない。
……と言うのも、パレット政府が成立し、魔法の使用について体系的なルールが確立される前は、ゴーレムが非人道的な使われ方をして、多くの弊害を生んだ時代があったそうだ。
例えばゴーレムによる軍隊。
けして死ぬことがなく、叩かれても叩かれても、ぼろぼろになって動かなくなるまで立ち上がってくる木や土で出来た人形たち。私はその時代のことを知らないが、先の戦争の頃、人々はゴーレムを恐怖したと言う。
古代からしばしば使われていたものとして、ネクロマンシーも、人々にゴーレムへの嫌悪感を与えた一因と言える。魔法による死者の蘇り。しかしそれは、死者の魂が蘇るわけではなく、魔法によって死者の肉体を動かす一種のゴーレムだ。