Chapter4:とある人形遣いの恋物語(7)
私も、アヴェンジャーに入ってこれまで、実にさまざまな依頼を引き受けてきた。
中にはもちろん、理不尽な依頼もあったし、時に任務のためには不本意なことをしなければならないこともあった。しかしあの、ボストン・ファーンでの一件ほど、後味の悪い、苦い思いを残した仕事もあまりなかったように思う。
ネルスターと私は、グリーン地区の中都市、ボストン・ファーンの一角にある古いアパートの一室に侵入した。
ドアの鍵は、一般的なアパートに備え付けられているのものと同様、ごく簡単な回路で出来ていて、ネルスターはもちろん難なくそれを開錠した。
長い年月を経て程よい色合いを持ったアンティークな扉を開けると、狭い廊下が続く。廊下を抜けると正面が広い居間だった。
部屋に入ってまず目に飛び込んで来たのは、たくさんの人形だった。
壁側に置かれた棚や、食卓の椅子の上、あらゆるところに、さまざまな出で立ちの人形が所狭しと並べられている。
「綺麗な人形……」
私は思わずその一つを手に取った。
白いブラウスとチョッキを着て、チェックのズボンをはいた男の子の人形だった。茶色い巻き毛ときらきら光るガラスの目、上気した頬がいきいきとして、今にも動きだしそうだ。男の子の隣には、同じぐらいの背格好のおさげの少女。
他にも、白いサテンのドレスを着た人形や、白髭を生やした男爵。細部まで丹念に作り込まれた人形が、ざっと見渡しただけでも数十体はありそうだ。
「粋狂なコレクションね……。」
持ち主はいったい、どんな人物なのだろう。女性ならまだしも、男がこれだけの人形をコレクションしているとは。
人形は非常に美しかったが、美しいがゆえに、少し薄気味悪くもあった。何より、数が多すぎる。これだけたくさんの瞳に見つめられるのは、なんだか居心地が悪かった。
ネルスターはその1体を手に取ると、人形の白い肌にさらさらと回路を書いた。
次の瞬間、美しい人形は、溶けるように音もなく粉々に砕け、ネルスターの指の間から崩れ落ちていった。
私は思わず眉をひそめてその光景を見ていた。
ネルスターは、その隣でこちらを見上げている花売りの少女の人形も同じように、躊躇なく壊した。
花かごいっぱいに入れられた造花の花びらが、持ち主を失ってぱらぱらと舞い散るように落ちていく。
剣を持った騎士も、ドレスを着た妖精も……。まるで何かの儀式かのように、芸術作品とも言える人形達が、ネルスターの手によって次々と壊されてゆく。
それはなんとも異様な光景だった。
人形たち一つ一つの無言の瞳が、何かを訴えかけているように、光って見えた。