Chapter1:プロナの大迷宮(1)
「め、迷宮??」
私は思わず間抜けな声を出してしまった。
「ああ。その、依頼主のロン・ギルバートって人が、うちの会社の上の方の人の懇意の人らしくて。」
今回の依頼は本当に緊急のものだった。
私の自宅にメールが届いたのが今朝のこと。朝っぱらから社長に呼び出され、緊急の依頼と聞いて、何も知らずスカイウォーカーに乗った私は、機内で相棒のネルスターから手渡された資料を見てびっくりしてしまった。
今回の仕事の舞台は“迷宮”だった。
首都アスファルタムに四つある衛星都市のひとつ、北の衛星都市ウェッジウッドから高速飛行艇スカイウォーカーでさらに北へ1時間ほどの場所にある、ライトフォーリッジという街の地下に眠る大迷宮。
古代の魔術師がなんらかのために作り出し、今まで誰に知られることもなくライトフォーリッジの地下で眠り続けていた。
依頼はその地下迷宮に入り、依頼主ロン・ギルバートの養女であるシエナ・アルトゥという女性を救出すること。
彼女は密かにずっと一人きりで、その“プロナ”と呼ばれる古代遺跡の研究を行っていたらしいのだが、研究のために一人迷宮へ潜入した彼女が丸一日経っても帰ってこない。それで、心配になったロンが、懇意であったアヴェンジャー社の人間にSOSを出したというわけだ。
しかも、その依頼書には続きがあった。
「こっからは、M・ラボからの依頼なんだが…。」
「M・ラボ?」
アヴェンジャー社の傘下には、いくつかの研究機関が存在する。
M・ラボというのはそれらの研究機関の一つ、マジックの研究をしている研究所の通称だ。その他にも、海外の文化について研究する、外文化研究所や、その系列で“化学”研究所―通称S・ラボなどが存在するが、もちろんどれも違法。
政府にばれると怒られちゃうだろうが、まぁ、たいていのところは黙認されている。政府も民間の研究を多少なりとも期待しているところがあるからだ。
そして、その研究のおかげで、私たちアヴェンジャーも、一般人にはなかなか手に入れられないような強力な武器や便利な道具を持って任務にあたれる。
「古代遺跡には古代魔法についての史料も出る可能性があるから、せっかくだからついでに調査してこいってことらしい。」
古代魔法の調査だって?なんだか知らないけどやっかいな臭いのする仕事だ。
「調査って言ったって、私、魔法なんて分かんないわよ。」
私は昔から、とことん魔法が苦手だった。
学生時代も、基礎魔法の成績のせいで何度落第しかけたことか。
「大丈夫、調査するのはお前の仕事じゃないから。」
「どうも始めまして!M・ラボ古代魔法研究室研究員のティナと申します。」
ライトフォーリッジのステーションで私達を待っていたのは、とっても人懐こそうな顔をした小柄な男だった。
もちもちの白い肌。なんというか、子ども…というよりは赤ん坊って感じのかわいらしさ。
「今回は、よろしくお願いします。アヴェンジャーのキールです。」
「社長の言うとおり、綺麗な人ですねぇ。」
彼はニコニコしながらそんなことを言う。
握手した手も白くてやわらかかった。
「あ、いちおう言っとくけど、俺の女に手ぇだしたら、殺すよ。」
ネルスターがとても冗談とは聞こえないような声色で言う。
「だから、いつから私はあんたの女になったの。」
この一連の流れは、私たちが男性と出会うと決まって行われる実にばかばかしい儀式だ。
「気にしないでね、ただのたわごとだから」
彼の話によると、古代遺跡の研究というのは、本来政府直属の研究機関にしか許されていないことらしい。
「普通は、遺跡が見つかったらその時点で政府が取り押さえちゃって、政府系の研究機関が一から十まで調べるんです。一般に公開しても大丈夫、ということが判明しない限り、民間には一カケラも情報を流してはくれないんですよー。」
なぜかと言えば、そこに古代魔法に関する資料が残されている可能性が高いからだ。
政府は魔法を“マジック”として徹底的に管理するために、“マジック”以外の系列の魔法に関する情報が、民間に漏れることを極端に防ごうとしているのだ。
だから、例えばアヴェンジャーのM・ラボのような民間の研究所は、独自のネットワークを作って古代遺跡を見つけたり、古文書などを手に入れなければならない。
「今回この依頼が来たことで、偶然にも手付かずの遺跡を見られるチャンスがやってきたんです。これって、ほんとにすごいことなんですよ!!何が出るかなー楽しみだなぁ…」
ティナは一人ではしゃいでいる。
そりゃティナ君は嬉しいでしょうけれども…。
私はなんとも気が乗らなかった。ただでさえマジックなんて大嫌いなのに。