Chapter4:とある人形遣いの恋物語〈イヴの話〉(2)
そんなある日。イヴに転機が訪れる。
その日もイヴは人形劇を見に、サレム橋へ出掛けた。毎週毎週どこに出掛けるのかと親に不思議な顔をされたが、友人とランチをするのだと言って誤魔化した。
人形劇が始まるのはお昼を少し過ぎた午後1時ごろ。
お気に入りのカフェで一人昼食をとってから、サレム橋へ向かうというのが、イヴの決まりになっていた。我ながら少し淋しい気もしたけれど、それが彼女にとって幸せな習慣だった。
その日は天気がよく、イヴはサンドイッチとカフェオレを頼んで、通りに面したオープンテラスで食事をしていた。
ロブスターのたっぷり入ったサンドイッチを半ば食べ終えて、イヴが何気なく通りを眺めていた時だった。
カフェの目の前の通りを、チェックのハンチング帽をかぶった男が、ゆっくりと歩いてくる。
イヴの心臓は跳ね上がった。
あの人……人形遣いの人だ!
毎週見ているイヴが見間違えるはずもなかった。向こうはこちらには全く気が付いていない。
イヴは何かに操られるかのように立ち上がり、鼓動を高鳴らせながらテラスを出た。彼はイヴの正面からこちらへ向かって歩いてくる。
どうしよう。いきなり話し掛けるのも変かな。
向こうはきっと、私のことなんて覚えてないだろうし。それに、話し掛けようにも、彼の名前を知らないし。
ああでもどうしよう。このままじゃあの人、通り過ぎて行っちゃう。
は、話し掛けなきゃっ……!
「あれ、きみは……」
イヴは回れ右して逃げ出したくなるぐらい驚いた。
彼が向こうからイヴに気付いて、話し掛けてきたからだ。
「あっ、私、イヴっていいます!イヴリン・ウォルターです」
イヴは動転したまま、いきなり自己紹介をした。向こうも自分の名前が分からないはずだと思ったから。
「ああ、いつも、人形劇を見にきてくれる子だよね?」
彼はイヴの勢いに少し驚きつつ答えた。
「私のこと、覚えててくれたの?」
「そりゃ、きみぐらい熱心に来てくれるお客さんのことはちゃんと覚えてるよ」
彼はいつもの笑顔を作ってそう言った。
いつもの声、いつもの笑顔だ。
いつも遠くから見ている彼が目の前にいることが、なんだか新鮮だった。
「そうか、おれの名前も知らないよね、ポールって言うんだ。今更だけど、よろしく」
「これから、サレム橋へ行くの?」
「そうだよ。イヴももしかして……」
「うん!もちろん、サレム橋に行こうと思ってたの」
イヴ大きくうなづいて答えた。
「それは……?今日のお昼?」
ポールはイヴの右手に注目している。
「えっ……?」
イヴは自分の右手にロブスター入りのサンドイッチがしっかり握られていることに気付いて赤面した。
「そ、そうなの。お昼なの」
そう答えるしかできない。慌てていたので、何も考えず持ってきてしまったらしい。代金が先払いでよかった。
路上で続きを食べ始めるのも変なので、イヴはサンドイッチを握り締めたまま、ポールと並んで歩き出した。
ポールは意外と背が小さかった。170センチあるかないかぐらいだろうか。パレットの男性の平均的な身長よりはだいぶ小さい。でもイヴも身長が少し小さめなので、ちょうど良かった。
それに、近くからよくよく見ると、思ったより綺麗な顔立ちをしてるのかもしれない。眉毛はちょっとボサボサだけど、肌は綺麗だし、鼻筋がしゅっとしてる。
イヴは帽子のひさしの下に見える彼の横顔を近距離からまじまじと見て、心の中でこっそり分析をした。