Chapter4:とある人形遣いの恋物語〈イヴの話〉(1)
サレム橋のたもとに、週末になると決まって現われる男がいた。
いつからだろう。
イヴはサレム橋でその男を見掛けるたび、なんとなく目を向けていた。
特別ハンサムというわけでもなかったが、青く透き通るガラス玉のような瞳が印象的で、どこか引き付けられる。
今日もいる……。
イヴは思わず足を止めた。その日は朝からしとしととした雨が降り続き、出掛けるのも欝陶しく感じられるような日だった。
「こんにちは。こんな雨の日にもやってるのね。お客さん、来ないでしょう?」
雨の中では客もおらず、大きく広げたカラフルなパラソルの下で半分濡れネズミみたいになっている男がなんだか哀れで、イヴはその日、初めて彼に声を掛けたのだった。
「こんな天気だからこそ、うんざりした気持ちを晴らしてもらいたいからさ。」
彼は顔を上げ、気さくな笑顔で答えた。
いつも遠くからなんとなく見ていた青い瞳が、初めてイヴの目と合う。
「……それに、雨に打たれてダンスなんて、ロマンチックだろう?」
彼はそう言うと、彼と同じような青い目をした美しい人形に、器用にステップを踏ませた。
「そうだね。」
ほんとうにその通りだ、と思いながら、イヴはこうもり傘を片手にしばらく彼に付き合って、雨の下のダンスをうっとりと眺めていた。
彼の操る人形の金髪はしっとりと水分を含んで輝き、木靴がぱしゃぱしゃと軽やかに水を弾く。
たしかにそれは、他のどんなときより美しく、ロマンチックだった。
彼は人形遣いだった。いわゆる大道芸というやつ。
すごく人気があるというわけでもなかったが、常にささやかな観客を持ち、毎週毎週つつがなく人々の目を楽しませているという具合だった。
でも、彼の手製の人形は本当によく出来ていて、特にその表情にはいきいきとしたリアルさがあった。
イヴはあの雨のダンスを見て以来、彼のことがなんとなく気になるようになり、いつしか人形劇の常連になっていた。
人形を操る真剣な目。深く優しい語り口。時折見せるカラリとした笑顔。
なぜか分からないけど、イヴは彼のまとう素朴で柔らかな雰囲気にひかれた。
でも、たくさんの観客が彼を取り囲んでいる時は話し掛けづらくて、イヴはいつも彼を遠巻きに見ているたけだった。
常連客の中には、彼と友人のように仲良くなって、声を掛けたり楽しげに会話を交わしたりしている者もいる。人形を触らせてもらって、扱い方を教えてもらっている若い女の人もいた。
あの輪の中に、自分も入っていくことが出来たらいいのに。
でも、常連たちが仲良さげにしているほど、その中に入っていくには勇気が必要だった。かといって遠巻きに見ているだけで、彼が向こうから話し掛けてくれたりするはずもない。
きっと、私のことなんてもう忘れてるだろうな……。
イヴは内気な自分が悲しかった。