Chapter3:弱虫ヴィンスの逃亡劇(10)
「だけど……脱走しようとした外国人を使って、こんな手の混んだ茶番までして、その上引き替えにその脱走を許してまで、そこまでしてアヴェンジャーを騙す理由って……なに?」
私にはまだ、理解がしがたかった。
「それだけ、政府もアヴェンジャーには手を焼いていると言うことでしょう」
開いていたドアから特察官らしき姿の男がもう一人現われた。
「アヴェンジャーはいつも、違法すれすれのことをやってるくせに、なかなか尻尾を出さない。政府は以前からアヴェンジャーの存在にイライラしていたようだ。」
男は、まるで現場を検分するように部屋の床や天井を観察しながら、すらすらと淀みなく解説する。
「でも、密出国の幇助は重罪。アヴェンジャーだって、これだけ証拠をつかまれたら罪を認めざるをえない。」
「なんだ……お前は?」
特察官たちがざわざわとし始めた。
「いや、遅くなりましてまことに申し訳ございません。なにせ場所の特定に手間取ったもので」男はびしっと敬礼して答える。
「こいつらは、私が連れてきますんで、ご心配なく」
私は痛みも忘れて笑い出しそうになった。たぶん、安堵と感謝の気持ちで泣き笑いのような顔をしていたことだろうと思う。
だってまさか、この人が助けに来てくれるなんて。
今日、最も信じられないことだった。
“動けるだろ?逃げるぞ”
私は小声で囁いたその言葉を合図に、痛みをこらえて起き上がった。
同時に、特察官たちも弾かれたように動きだす。
男はすばやく床にいくつかの回路を書いた。
「……天下の特別国家公安警察も、なかなかケチなマジックを使う」
次の瞬間、何の前触れもなく突然、部屋の中が凍りついたように静まり返った。その場に居た特察官全員が、一斉に動きを止めたのだ。
「なに、これ……」
私は唖然としてその光景を見ていた。時が止まったかのようだ。まさか、部屋に掛けられていた犯人確保用の回路を利用したのか?
「あんた……やりすぎよ!」
「いいから、逃げるぞ!……あんたも!」
そう言ってネルスターは、こともあろうにヴィンス・ノウェルの手を取った。
「ナ、ナゼ……」
ヴィンスも困惑気味だ。
「あんたもなぁ……本当に特察があんたを逃がすと思うか?」
……たしかに。特察ならどうだか分からない。アヴェンジャー一人騙して捕まえる手助けをしたぐらいで、果たして脱走をチャラにしたりするだろうか。
「だからって何も連れてかなくても……」
私たち二人が逃げるだけでも大変なのに。
「いつかあんた、私のこと“お人好し”って言ってたけど、あんただって私に輪をかけてお人好しなんじゃない?」
私は走りだしたネルスターを追い掛けながら毒づいた。
私はまださっきのショックから立ち直れておらず、とてもヴィンスを許す気にはなれなかった。
「オマエはいったい、何がしたいんだ?」
突き刺すような厳しい声に、私は一瞬でひるんだ。
「オマエは……何の為にここまでのことをしたんだ」
静かで冷たい言葉。
いつもの飄々とした彼と違う。
ネルスターは私のしたことに、めちゃくちゃ怒っているみたいだった。
それでやっと私も、自分が失言をしてしまったことに気が付いた。
そうだ。私は、社長やネルスターが辞めておけと言ったにも関わらず、ヴィンスを助けたかったから、故郷に帰りたいと泣いていたヴィンスを助けたかったから、彼と契約をして、ここまで無茶をしたって言うのに。
何があってもこの人を見捨てない、そう言葉にした気持ちはどこへ行ったのか。
「一つだけ言っとく。……勝算のない契約はするな。」
「……ごめんなさい。」 私は叱られた子供みたいに謝った。
私は力も無いのに、出来もしない仕事を引き受けて、失敗して、ヴィンスを助けることもできず、アヴェンジャーにも汚名を着せてしまった。
出来ない仕事は引き受けるべきじゃない、ネルは、始めからそう言っていたのに。