Chapter3:弱虫ヴィンスの逃亡劇(4)
左の小指に付けたピンキーリングがビリビリと微かに震えて、私を眠りから引き起こした。
全身に緊張が走る。
眠気は一瞬にして引いた。
侵入者の訪れを知らせる警報だ。アヴェンジャー社の謹製で、ネルスターに仕掛けてもらったものなのだが、今まで実際に使ったことは一度もなかった。
私は息を潜めて体を起こし、ベッドサイドの引き出しに付いた回路に手をかざした。
かすかに光を放って引き出しの鍵が開く。
その中からM・ガンを取り出すと、物音を立てぬようにベッドからおり、静かにブーツをはいた。
ヴィンスが寝ているのは隣のリビングルームのソファだ。カーテンを閉め切った室内は真っ暗で、足元も覚束ない。
「おきて」
私は幸せそうに寝息をたてるヴィンスを、そっと揺り起こした。
「ん?」
「シ……!」
私は指に手をあててヴィンスが寝ぼけて何か言おうとするのを制した。
黒ずくめの男達が玄関から、堂々と現れた。
これだから公務員さんは……。一般市民の住居に勝手に侵入してくるなんて、職権の濫用もいいとこだ。
「動かないで!」
私は一番先に現れた男に銃を突きつけた。
鋭いマジックライトの光が私を照らす。眩しさに思わず目を細めた瞬間が、開戦の合図だった。男達は慣れた身のこなしで一斉に動き始めた。
「ちっ……」
思わず舌打ちをする。こういう時、無駄弾を打てないのが魔力の低い私の弱みだ。
1、2、3、……4、5、相手は5人。
この場所が割れているということは、アパートを包囲されている可能性もある。
厄介だ……。
「大人しくその男を引き渡していただけないだろうか。その男は犯罪者だ。それに加担すれば、君も犯罪者だよ。」
犯罪者……?
どっちが……!!
ヴィンスをかばうようにして、先頭の男の腹部に思いきり蹴りを入れる。
余裕で受け止めようとしたその男の右腕もろともに、男の体が大きく後ろへ吹き飛ばされる。
か弱い女となめられては困る。
愛用のマジックブーツは、今日も良好である。
私は勢いに乗り、敵の銃弾をさけながら、男たちを次々と蹴り倒し、手に持ったM・ガンで殴りつけた。
だが、相手は5人どころではなかった。わらわらと際限なく現れる特察官を相手に、じりじりと追い詰められる。
こうなったら……
私は隙を見てヴィンスの手を引き、玄関とは逆の方向へ走った。
窓を大きく開け、ベランダへ飛び出る。
「ヴィンス、私の背中におぶさって!」
私は自分の背中を示したが、ヴィンスは困惑している。
「ハリーハリー!」
躊躇している暇はない。
ヴィンスは私の言葉に促されて、困惑しながらも私の背中に身を預ける。
ブーツの回路を、いつも使っている攻撃力強化のマジック回路とは別の回路に切り替えて、魔力を流す。
このブーツは、警察学校にいた時代に支給された当時最新鋭のものだったが、アヴェンジャーに入ってから、研究所の人が面白がって改造してくれたのだ。
論理的には可能なはず……と、言われたものの、死にたくなかったから今までこの第二の回路は一度も使ったことはなかった。
「ヴィンス、レディ?」
私はむしろ自分に言った。
私のアパートは6階建て。私の部屋はその4階にある。
ベランダの手すりを乗り越える。
下は見ない。躊躇するより早く、私は手すりを思い切りキックした。後ろで男達が息をのみ、私たちの体を掴もうとする気配だけを感じた。
「キャーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!」
私たちは決死のダイブに興じた。
地面に着地した瞬間、足にものすごい衝撃と痛みが走ったが、それだけだった。私の両足の着地点の地面がめり込むように凹んでいる。
……死ぬ!!!こんなの、二度とやるもんか!!!
だが、そんなことを言っている場合でも、痛みに苦しんでいる場合でもない。
私はヴィンスを連れてすかさず走り出した。
とたん、くらりと眩暈を感じた。わりと魔力を消費してしまったらしい。
ほんと、この貧弱な体、嫌になる。
「アナタ、強イ!」
ヴィンスは必死に私を追いすがりながら言った。そりゃあどうも。
「パスミー、ユアバッチ」
「ハ?」
「バッチ!」
私は胸元を示して繰り返した。
それでようやく理解したらしく、ヴィンスは走りながらポケットの金バッチを取り出した。
私はそれを受け取って、地面に投げ捨てると、力を込めて踵で踏み潰した。
「ナ、ナニ!?」
特別警察にいた頃、このパレットのバッチについて、まことしやかなウワサが流れていた。
バッチには特殊な回路が書かれていて、そのマジックによって本部の人間は自分たちの位置を常に把握、監視している、と。
ヴィンスが私の家にいることがバレたのを見ると、あのウワサ、本当だったのかもしれない。