Chapter3:弱虫ヴィンスの逃亡劇(1)
「助ケテ、助ケテクレ……!」
なんだ?
SSビルを出て、バーントアンバーのステーションへと向かっている途中だった。
薄暗い路地の奥に、やせ細って骨ばった顔をした男がいた。
「助ケテ……」
男はひたすら助けて、と繰り返している。
「なんだって言うの、落ち着いて。」
男は怯えたような顔をして私の腕にすがり付いてきた。
そして、何かに警戒するように仕切りに辺りを見回している。
「アヴェンジャー?」私を指差して問う。
へんななまりだった。いや、むしろ片言と言おうか。
片言?
全国共通の言語を持つパレットの住民が、片言?
「あなた、外国人?」
私は声を潜めて言った。
「ガイコク……」
男は何かを言わんとして、言葉を探しているようだった。
パレット語が話せないのか?
「参ったわね……」
アヴェンジャー本社へ行けば、英語の分かる人間もいるのだが……。
しかし、こんな得体の知れない男を、本社に連れて行って良いものか。
先ほどまで私は、アヴェンジャー本社――SSビルに居た。
社長に呼ばれて。新しく出来たM・ガンを受け取るために。
「来タ!」
「え?」
男はすごい勢いで走り始めた。
「ちょ、ちょっと……!」
私も成り行きで男の後を追ってしまった。
ドン、ドン、ドンっ……!
後ろから銃声が追いかけてくる。
なんだって言うんだ!?
私は走りながら受け取ったばかりのM・ガンを抜きつつ、後ろを振り返った。
なっ……。
特察……!?
目に飛び込んできたのは深い紺色の外套を身にまとった男たち。胸元に光る金のバッジは、パレット政府のもの。政府系治安維持組織の者たちだ。
この男、なんだって政府なんかに追われてるんだ?
「こっち!」
私は慌てて男を誘導した。
バーントアンバーのこの界隈ならば、私にとっては庭みたいなものだ。
助けてやる義理はないのだが、さきほどの怯えた表情、ただ純粋に怯えて、震え上がっていた。それに少しばかり、同情してしまっていた。
男は必死で走っていた。
ドンドンドンドンっ……!
相手は容赦なく打ってくる。
私も応戦したいのだが、魔力の低い私にとっていかんせん、M・ガンは弾数が少なすぎる。
「こっちよ!」
私は相手を巻くために狭い路地を縫うように走った。
しかし銃声は相変わらずひっきりなしに追いかけてくる。
「先へ行って!」
私は男を行かせ、ビルの陰に身を潜めつつ、
「しかたない……」
神経を研ぎ澄ます。
ドンっ……
渾身の一発はあやまたず男の胸に当たる。
「これはいいわ……」
威力は以前のガンの数分の一だが、消費する魔力も格段に少ない。一発打ってみただけでそれを感じた。
「あなた大丈夫?……ちゃんとついてきてよ!」
私の言葉が通じているのかどうか分からないが、男は必死で私の後をついてくる。
私は狭い路地のビルの陰に男を押し込み、彼の体を隠すように立ち止まって息を整えた。
はぁ……、はぁ……
足音や銃声は、もう聞こえない。
やり過ごしたか?
あと2ブロックほど行けばSSビルがある。
しかたない……。
私は男の手を引いてゆっくりとビルの陰から出た。なるべく目だたないように建物に身を寄せつつ進む。
「ア、アナタ……」
「しっ!」
私は口に指を当てて、再び男を壁に押し付けた。
通りの向こうに紺色の外套がちらりと見えた。
どんだけ大所帯で追っかけてるのよ。
この男、ほんとに何をしたの?
「この先、2ブロック先を、右へ曲がった先にある白いビル、そこに逃げ込むから」
私はジェスチャーを交えてゆっくりと説明した。
通じたか通じていないか分からないが、男は怯えた顔のまま、大きくうなづいた。
「よし。ゴー!」
私は先ほど紺の外套が見えた方向からはなるべく死角になるように移動した。
SSビルに駆け込んだ私たちを見て、受付嬢のハナちゃんは目を丸くした。
「ど、どうしたんですか?」
「この人、追われてるらしくて。社長、いる?それから、誰か、英語の分かる人を呼んで欲しいんだけど」
「分かりました。連絡します」