Chapter2:鬼退治(6)
「あなたは何者なの?それに……村で何が起こっているの。」
「まぁまぁ。おねえさんもとりあえず座りなよ。」
私は仕方なく少年の向かいに座った。すっかり彼のペースだ。
「おねえさんは、どこまでアイツのこと知ってるの?」
「アイツって、怪物のこと?どこまでって……分からないことだらけよ。村で人間を二人も襲って…食べた?なんなのよ人食い鬼って……そんなの本当にいるの?」
「待った待った、そこは疑うとこじゃないよ。問題は、ヤツが何者で、何でこの村の人間を襲ってるかってことさ。」
まさにそれを私は知りたいのだが。
「あなたは知っているのね。知ってるんなら教えて。」
彼はちょっと考え込むような仕草をした。
「あのさ、おねえさん、この世にはマジックの禁忌って言うのが三つあるの、知ってるよね?」
「もちろん、知ってるわよ。」
パレット政府がマジックについて定めた三つの禁忌。
一つは、精神に関する魔法。「邪魔」とかって言うんだっけ。
もう一つは、人間、もしくは他の生物の形態や生態の秩序を乱すもの。
そしてもう一つ、大前提として“二十圧”という魔力の上限がある。
前の二つの魔法や、日常生活に必要な程度でない大掛かりな魔法はどれもたいてい、どうしたって二十圧以上の魔力を使うから、パレット全土を網羅する政府の厳しい監視に必ず引っ掛かる。そしたら即刻お縄に掛かって、悪い時には死刑だ。
「やっぱり……マジックなの?」
マジックで化け物を作り出すことができるとしても不思議はない。
ただ、政府の厳しい刑罰を受けてまでやろうと思う人があまりいないだけのこと。
「やっぱり……、話すべきだよね。」
彼は居直って、静かに語り始めた。
「“彼”は一週間ほど前までは、ごくフツーの男の人でした。でも、とっても強欲で悪いひとでした。みんな彼のことが大嫌い。彼に追い詰められて、自殺した人もいるほどです。」
「それって……地主さんのこと?」
私の慎重な合いの手も無視して、彼は話し続ける。
「そこで、あるマジック好きの男の子が、いたずら半分に男の人に魔法をかけてみました。男の人は、見る間に醜い化け物に姿を変え、人間の心も無くしてしまったのです。彼は空腹を満たすために村の人々を襲う……村の人々を助けるためにやったことが、皮肉な結果を引き御こしてしまったのでした。」
それが本当だとしたら、たいした男の子だ。よっぽどの秀才か、マジックマニアか。
「でも、よく政府の監視に引っ掛からなかったわね。そんな大掛かりなマジックを使って。」
「回路と回路を複雑に組み合わせて、なるべく魔圧が低くなるように設計して。それでも、二十圧以下に抑えられるかどうかは分からなかった。分からなかったけど、構わないぐらいに、男の子は追い詰められていた。まぁ、結果として、政府が動かなかったとこを見ると抑えられたんだろうね。」
だとしても大いなる賭けだな。
マジックの犯罪というのは、他の犯罪に比べてケタ違いに罪が重い。
「じゃあ…」私は言いかけた言葉を飲み込んだ。
自分の喉がひゅっとなったのが聞こえた。
「少年、後ろ!」私はナイフを抜いて構えた。
少年の後ろにのっそりと、怪物が姿を現した。
その醜悪なこと、この世のものとは思えない。ぎょろりとこちらをにらむ真っ黒な相貌。体中毛むくじゃらで、大きな牙と爪がぎらぎらと光る。
「危ないから、どいてるのよ!」
彼はさして驚く風もなく、ゆっくりとわたしの後ろ側へ回った。あくまで冷静な少年の姿を見ていると、バクバクと鼓動を鳴らしている私が間抜けに思えてくる。
化け物は巨大な真っ黒な爪を振り上げて、私に襲い掛かってきた。構えたナイフに爪が引っ掛かってぎりぎりする。すごい力だ。私のナイフは、マジックで力を増幅させる仕掛けが施されているというのに。
私は何とか相手を押し返しながら、背後の少年に前を向いたまま言葉を投げかけた。
「彼を、もとに戻す方法はないの?」
「あったらあんたを呼ぶ前にそうしてる。訳が分かんないぐらい複雑で、しかも稚拙だから、反対魔法がないんだ。」
化け物は今度はとてつもなくでかい口でぱっくりと私に食いつこうとした。ぎりぎりでそれをかわし、タイミングを合わせてそのあごに思いっきり蹴りを入れてやった。私のブーツの側面に書かれたマジック回路が光る。これもナイフのと同じマジックだ。
増幅された蹴りをもろに食らって、化け物は後ろへ吹っ飛んだ。
「彼を、救う方法はないのね?」
「うん。……あるとすれば潔く殺してやることだ。」
「分かった。」
とはいえ、私に余裕がないのも確かだった。一歩間違えば少年と一緒に彼の胃袋行きだろう。
こんな仕事私一人に任せるなんて、社長のヤツ、本気で私を殺すつもりなんじゃないだろうか。
さっさと終わらせる必要がありそうだ。こんなバカ力の相手とやり合っていたら、体力が持たない。
私はナイフを左手に持ち替えると、ホルスターからM・ガンを抜いた。私の乏しい魔力では一発しか打てない、奥の手だ。
怒りに目を血走らせて起き上がった獣の胸に狙いを定め、神経を研ぎ澄まして、引き金を引く。
マジックの弾はあやまたずしっかりとその胸を貫いた。
私は肩で息をしながら、化け物が大きな咆哮とともに仰向けに倒れていくさまを見ていた。
「あっ、ああ……。」
少年が声を上げながら駆け寄る。
今まで冷静で通してきた彼が、初めて感情を表した。
少年は唇をかんで、動かなくなった怪物をじっと見つめていた。その目が潤んでいる。
やっぱり、この子は…。