Chapter2:鬼退治(5)
少しかび臭い匂いと磯の匂いが混じってぷんと鼻を突く。
入り口に比べて中は広いようだ。これなら十分直立できる。
うわっ…!
私はギョッとして一、二歩後ろへ飛びのいた。硬い壁に背中がぶつかる。
トーチに照らされて暗闇に浮かび上がったのは、人の顔だった。
冷や汗が流れ落ちるのを待って、もう一度同じ方向を照らす。
少年だった。年は十一、二ぐらいだろうか。
私はようやく落ち着きを取り戻した。どうやら怪物でも幽霊でもないらしい。
「あなた、いったいどこの誰?こんなところで何してるの。」
彼は静かにこちらを見ていた。探検ごっこをやっているようにはとても見えない。
「お姉さんこそ。何しに来たの。ここが何のすみかだか知ってる?」
やっぱり……そうなのか。
「人食い鬼の、すみかなのね?」
彼はゆっこりうなずいた。
でも、だとしたらなおのこと、この少年はここで何をしているのだ。
「じゃあ、おねえさんが鬼退治に来たんだね。ぼく、待っていたんだよ。まさか、女の人が一人で来るとは思ってなかったけど。」
私はじゃっかん動揺し始めていた。
この少年はなんなのだ?この子も依頼のことを知っている。
「まだ、奥があるようね。この奥に、人食い鬼がいるのね?」
他にも聞くべきことがたくさんあったかもしれないが、その時の私には、それが精一杯だった。
こくん、と彼はうなずいた。
どんぴしゃりだったことは嬉しいが、喜んでいる場合でもなさそうだ。
「危ないから、あなたはここから出なさい。」
私はそれだけ言って、洞窟の奥を目指した。
奥はだんだんと狭くすぼまっているようだった。
遠くで波の砕ける音がする。
先ほどの問答のおかげで、恐ろしさはちょっと薄らいでいた。妙に気分が高揚している。
少し進んでから、気になったので後ろを振り返った。
やっぱり。私の後ろ、一、二歩あけた後から少年がついてきていた。
「ついてきたいんなら構わないけど、何があっても知らないわよ。」
彼は答えない。
どうにもできない、なにか威圧感のようなものに押されて、私は再び前を向いて歩き出した。少年の視線がまとわりついて離れない。まるで、監視されてでもいるかのようだ。
そうして、いくらもたたないうちに、洞窟は唐突に終わった。
そんな……。
ここまで一本道だった。
本当にここが怪物のすみかなのか?だとしたら、やつはまた村のどこかをうろついているんだろうか。
それとも、そもそも怪物なんて……私はまだその姿を一度も目にしていない。
「心配することはないよ。そのうち戻ってくるはずさ。それまでここで待っていよう。」
彼は気楽にそんなことを言って、のうのうとその場に座り込んでしまった。